未来

そのバイラスは人の頭ほどの大きさがあり、突如集団で襲いかかってきた。一目では正確な数を把握できず、始めは黒い大きな塊が頭上から降ってきたのかと錯覚した。ヴェイグが後から思い出してみたところ、二十匹以上はいたように思う。
意表を突かれ、全員が陣形を整えるのに手間取った。それがヴェイグの焦りを生み、剣を振るう腕を鈍らせたのかもしれない。

「きゃっ・・・!」

ヴェイグの背後にいたクレアが小さく声を上げる。
「クレア!?」
焦るヴェイグが名を呼ぶ。しかし目の前に敵がいるため振り返ることはできなかった。
「うらぁ!」
ティトレイがクレアの元に駆けつけ、バイラスを弾き飛ばす。それをヒルダの術が砕いた。
「クレアさん、こちらへ!」
呼ばれてアニーの元へ駆け出すクレア。そこでは防御の陣が展開され、マオが長い呪文を唱えている。バイラスたちは彼らへ飛びかかろうとするも、間に立つユージーンの槍に叩かれ、あるいは貫かれていた。
クレアが無事であることに安堵の息を吐く間もなく、ヴェイグへ新たな敵が迫る。
「後ろは任せろ!」
彼の後ろでティトレイが拳を突き出した。急所に当たり、そのバイラスは動かなくなる。
マオの術が最後のバイラス数匹を砕くまで、それほど時間はかからなかった。

ヴェイグの目の前では、アニーがクレアの腕に包帯を巻いている。先ほどバイラスに襲われた時に傷を負ったのだ。アニーは術で治そうとしたが、軽い怪我なので大丈夫だとクレアが断った。放っておいても治ると言われたが、医者の卵として消毒と包帯だけは譲らず今に至る。
「ヴェイグの方が痛そうな顔してるね」
クレアの腕をじっと見ているヴェイグを覗き込み、マオが言う。
「心配し過ぎよ」
「この程度なら傷痕も残らないだろう」
ヒルダとユージーンの言葉に、ヴェイグはゆるゆると視線を上げた。その表情はまだ晴れない。
「この傷を心配している訳じゃ・・・いや、少しは心配だが・・・それだけじゃない」
「もっと心配なことがあるのか?」
ティトレイが尋ねると、ヴェイグは小さく俯いた。仲間たちはそれを肯定と受け取る。
「・・・今回は皆がいてくれたから、クレアは助かった。だが、この先も助かるとは限らない・・・だから、クレアはスールズに帰った方がいいんじゃないだろうか」
「何言ってんだよヴェイグ!この先も俺たちで絶対に守ればいいだろ!」
「クレアがいなくなったら寂しいんですけどー」
即座にティトレイとマオが反論する。
「まあ、何事も『絶対』ってのはないからね」
「ヴェイグの心配もわからなくはない」
ヒルダとユージーンは彼を擁護する立場のようだ。
「えっと・・・私はクレアさんと一緒の方が嬉しいですけど、やっぱりこう言うことは本人の希望が一番じゃないでしょうか」
アニーの言葉に、一同はクレアへ視線を集めた。彼女はヴェイグを見つめ、小さく尋ねる。
「私がいると、迷惑?」
「そんなことはない・・・!」
ヴェイグと同時に声を上げようとしたティトレイとマオは、仲間たちに口を塞がれていた。そんな彼らを見て、クレアがよかったと呟く。
「足手まといじゃなければ、私はこれからも皆と一緒に行きたいわ」
「だが・・・また危険な目に遭うかもしれない」
その時自分が傍にいて、彼女を守れるかわからない。その不安がヴェイグの言葉を沈ませる。
「それはスールズに戻っても変わらないんじゃないかしら。向こうでも、怪我をする時はするし、死ぬ時は死んでしまうもの」
「いや、向こうとこちらでは危険の度合いが違うだろう」
ヴェイグの突っ込みにクレアは頬を緩めて笑う。それが同意なのかはわからない。
「私はヴェイグと一緒にいたいけれど、それがあなたの重荷になってしまうのなら」
「違う!」
クレアの言葉を遮り、ヴェイグが叫んだ。過去にクレアが同じ理由で彼の元を去ったことを、ここにいる全員が知っている。

「重荷だなんて思ってはいない・・・俺も、クレアと共にいたい」

クレアがまたよかったと言って笑った。
「いつか必ず・・・離れる時は来てしまうけど、それまでは一緒に楽しく過ごしましょうね」
生きていれば、何かしらの形で訪れる別れからは逃れられない。それでも、それまでは、できる限り共に笑って生きていたい。
ヴェイグがぎこちない笑みを浮かべて頷いた。まだ納得できた訳ではないが、彼もそうありたいと思ったのだろう。
クレアは一同を見回し、ぺこりと頭を下げる。
「皆さん、これからもよろしくお願いします。戦いではお役に立てませんが、他のことで精一杯頑張ります」
「こっちこそよろしくな!」
「クレアさんが一緒で嬉しいです!」
「戦いが全てじゃないんだから、気にしなくていいのよ」
「そうそう、クレアの料理はすっごく美味しいし!」
「食事は身体の資本だからな。ある意味、戦闘能力より重要だろう」
仲間たちの温かい言葉に、クレアが頬を緩める。そこに安堵が含まれていたことに気付いたのは、幼い頃から共にいたヴェイグだけだった。
「・・・お前たちと共にいられてよかった」
小さな呟きを耳に止めたクレアが、そうねと言って嬉しそうに微笑んだ。