会話

真剣な面持ちのティトレイが、ごくりと喉を鳴らして息を呑む。そんな彼の目の前では、ヴェイグがいつもの無表情でピーチパイの一口目を咀嚼していた。そしてこのピーチパイはティトレイが宿屋の厨房を借りて作ったものである。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・っ」
「・・・・・」
「・・・・・どっ、どうなんだよヴェイグ!?何か言えよ!」
堪え性のないティトレイが、二口目に取りかかろうとしていたヴェイグに詰め寄った。少しばかり名残惜しそうな顔をしたヴェイグが、フォークを置いてピーチパイの感想を述べる。
「美味いぞ」
「・・・ポプラおばさんとどっちが美味い?」
「ポプラおばさんのピーチパイの方が美味い」
「ぐっ・・・く、クレアのピーチパイとは?」
「クレアのピーチパイの方が美味い」
「うぐぁっ!まだだめなのか・・・っ!!」
がっくりと膝と手を地につき、項垂れるティトレイ。仲間たちはもう何度この光景を目にしたことか。
「そんなに落ち込まなくてもいいんじゃない?このピーチパイもすっごく美味しいよ」
「ま、結構上達したんじゃないかしら」
早速お替りをしているマオと、桃の果実酒(要望に応えてティトレイが用意した)を手にしたヒルダが慰める。
「そうだな。たとえ満足いく結果が得られなかったとしても、諦めないことが肝心だ」
「これだけ美味しいピーチパイができれば、私は満足です・・・」
同じく果実酒を嗜むユージーンと、フォークを咥えて少し羨ましそうな表情を浮かべるアニーも続く。仲間たちに次々と宥められ、ティトレイは歯を食いしばり立ち上がった。
「ありがとな、皆・・・俺、ポプラおばさんとクレアを越えるピーチパイを作れるようになるまで諦めねえ!」
「この調子だと当分無理そうだけどね」
「諦めない姿勢は評価する」
「頑張ってティトレイ!もっと美味しいピーチパイ食べたいな!」
「私もお菓子作りやってみようかな・・・」
仲間達の声援(?)に支えられ、ちょっと涙ぐむティトレイ。ヴェイグは一人黙々とピーチパイを食べ続けていたが、ふと手を止めて隣りのクレアを見やる。
クレアは賑やかな面々を笑顔で眺めていた。彼らの輪に入ればいいのに、とヴェイグは自分のことを棚に上げて思う。自分はピーチパイを食べることに集中したいので会話に加わらなくてもいいと思っていた。クレアの手は止まっているのだから、外からこの光景を眺める必要性は全くない。
「クレア」
「何?」
「お前はティトレイに何か言ってやらないのか?」
会話に参加したらどうか、と言う示唆のつもりだった。すぐに同意するものかと思いきや、クレアは困ったように笑う。
「何を言えばいいか、わからなくて」
「・・・珍しいな」
「そう?」
「お前は会話が得意なんだと思っていた。俺と違って」
そう言われたクレアも、意外だと言う顔をした。これだけ長く一緒にいても、まだ新たな発見がある。
「私だって、どうすればいいか悩む時もあるのよ」
「今は何を悩んでるんだ?」
「ティトレイさんを励ましたいけど、私が何を言っても返って落ち込ませてしまうんじゃないかしらって・・・」
そんなことを黙って考えていたのか。クレアの悩みを解決してやりたいと思ったが、そんなことはないと自分が言ったところで効果がないような気がした。ではどうすればいいのか。

「そんなことないぜ!!」

ヴェイグの思考を中断する勢いで、ティトレイの声が振りかかる。それほど大きな声で会話をしていたつもりはないのだが、彼らにも聞こえていたらしい。
「俺のこと励まそうとしてくれたってのに、嬉しくない訳ないだろ!」
クレアは数度大きく瞬きをした後、嬉しそうに頬を緩めた。ヴェイグにはそれが、喜びと深い安堵の笑みに見えた。自分が彼女を癒すことはできなかったが、結果的にクレアが元気になってよかったと思う。
「ありがとな、クレア。ついでに今度ピーチパイ作るとこ見せてくれねえか?」
「ええ、もちろん!」
「わ、私も一緒に勉強させて下さい・・・!」
「アニーも作るの?じゃあ僕もー!」
「ちょっと・・・これから毎日ピーチパイを食べさせられるんじゃないでしょうね・・・」
「努力する者たちの意志を挫く訳にはいかない・・・」
皆の会話にクレアが加わり、場は一層賑やかになる。この状況に満足したヴェイグは、ピーチパイの続きを食そうとフォークを動かし始めた。そこに小さく囁かれる彼女の声。
「ありがとう、ヴェイグ。気にしてくれて」
既にピーチパイを口に入れていたヴェイグは、暫し視線をさ迷わせた後に小さく頷く。
それから数日間、毎日おやつとしてピーチパイが登場する日々が続いたのだった。