求占

夕食が終わり、宿屋の食堂から酔いどれ客も引き上げた頃。ヒルダは母から受け継いだタロットで、今後のことを占っていた。心を静め精神を集中させる。カードを並べ、一枚目に手を伸ばしたところで目を開いた。

「何か用?」

振り返らずに言うと、彼女の背後で動揺する気配。
「ごめんなさい。邪魔だったかしら」
「別に」
随分そっけない言い方になったとヒルダは思ったが、クレアはよかったと言って笑った。
「ヒルダさんとお話したいなって思って、待っていたんです」
「何かの相談?ヴェイグとのことでも占ってほしいの?」
「あ・・・じゃあお願いします。これからもヴェイグが幸せでいられるように、私にできること・・・なんてわかりますか?」
冗談で言ったつもりが、思わぬ返答にヒルダは軽く驚いた。
「クレアは占いなんて必要としないと思ってたわ」
「え、どうしてですか?」
「だってあんたはどんな逆境だろうと、迷わずにやるべきことを見つけ出せるじゃない」
命の危険に晒されても、どれほど絶望的な状況に置かれても、クレアは一人で進むべき道を見つけ出す。他人と身体を入れ替えられた時、処刑台に立たされた時、そう言った彼女の過去がそれを証明している。
クレアは少し困ったような顔で微笑んだ。
「そんなことないです。しょっちゅう迷ってますよ」
「ますます意外ね」
「ついさっきも迷ってました」
「随分最近じゃない。どうして?」
クレアが答えようとして、少しばかり逡巡する。彼女でもためらうことがあるのかと、ヒルダはまた意外に思った。
「えっと、ヒルダさんともっと仲良くなりたくて、一緒にお話したいと思ったんです。でも、占いに集中していたみたいだから、声をかけていいか迷ってました」
立て続けに発せられる予想外の言葉に、ヒルダは目を見開く。嫌悪の言葉をかけられることには慣れていた。しかし、好意はいまだにどう対応すればいいかわからない。ティトレイならば、こちらの悪態に文句は言うが翌日には忘れている。クレアはどうなのだろうか。自分は何を言えばいいのだろうか。

「・・・そんなの、好きな時に声をかければいいじゃない」

目をそらし、ぶっきらぼうに言うヒルダ。それでもクレアは嬉しそうに笑った。
「はい。ありがとうございます」
「お礼を言われることなんて何もしてないけど」
「ヒルダさんから声をかけてくれました。一緒に話せて嬉しかったです」
「・・・その程度で毎回お礼を言われちゃ堪んないわよ。一日何十回言う気?」
「あはは、それは困りますね。じゃあお礼は控えるようにします。また一緒にお話して下さいね」
「気が向いたらね」
会話が途切れたところで、くすくすと笑い合う二人。誰もいない食堂とは言え、夜なので控えめに。他の皆は上の宿泊部屋で思い思いに過ごしていることだろう。
そうヒルダが考えたところで、ヴェイグが階段から降りてきた。
「ヴェイグ」
遅れて気付いたクレアが彼の名を呼ぶ。ヴェイグは少し意外そうな顔をしていた。ヒルダとクレアの組み合わせが珍しいと思ったのか、それとも二人が笑っていたからか。
「・・・何をしていたんだ?」
「ヒルダさんとお話していたの。あ、それからヴェイグとのことを占ってもらおうとしたのよ」
「っ!?」
クレアの言葉に、ヴェイグが肩を震わせて動揺する。理由がわからない二人は、揃って目を瞬かせた。ヴェイグは暫く視線をさ迷わせた後、恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「・・・お、俺が何か気に障るようなことをしてしまったのか・・・?」
「え?そんなことないわよ」
「まずはヴェイグのマイナス思考をどうにかしてやった方がいいかもね」
カードを見るまでもなく、ヒルダはそう結論付けたのだった。