言沈
「大変だよヴェイグ!」
マオが叫びながら扉を叩き開ける。宿屋で己の剣を手入れしていたヴェイグは、彼の焦った様子に真剣な顔で立ち上がった。
「どうした?」
「さっき外で、ティトレイとクレアが一緒に買い物してたんだ!」
「・・・それがどうかしたのか?」
マオが動揺している理由がわからず、ヴェイグは首を傾げる。今日の買い出し当番はティトレイなので、クレアが手伝いを申し出たのかもしれない。
マオはいまだにそわそわとしている。何がそれほど彼を焦らせているのかはわからないが、早くいつもの明るいマオに戻るといいとヴェイグは思った。
「お店の人がね、お似合いだからって指輪を勧めてたんだよ!絶対あのおじさん、二人が恋人同士だと思ってるよ!このまま放っておいたら二人が結婚しちゃうかも!」
「・・・・・それくらいでそんなことにはならない、と思う」
若い男女が二人でいれば、恋人同士だと思う人もいるだろう。ティトレイとクレアなら尚更だ。しかし、勘違いした他人にそう言われたとしても、それならばと恋人になることはまずないはずだ。と、恋愛経験のほとんどないヴェイグは考える。
同じく恋愛経験がないマオは、そう思わなかったらしい。逆に、指輪を買うだけで何やら不思議な力が働いて、お互いを好きになるとでも思ったのだろうか。
「そうなの?恋愛成就の不思議な力が宿った指輪だとか言ってたんだけど」
「っ!?」
「ま、それほど強いフォルスも感じなかったし、お守りみたいなものなのかな」
「・・・・・」
「ヴェイグ?どしたの?」
「・・・・・い、いや・・・何でもない」
まさか本当に不思議な力が働く(かもしれない)指輪だったとは。やたらと動揺する精神を無理やり落ち着けるように、ヴェイグは大きく息を吐く。
「それにしてもあのおじさん、二人が何回違うって言っても全然信じてないみたいだったよ。まあ、クレアはもちろん綺麗だし、ティトレイも大人しくしてればそんなに変な顔じゃないから、仕方ないかもしれないけど」
「・・・・・」
「見た目だけなら、結構お似合いだよね」
「・・・・・そうだな」
何とか言えたその言葉は、絞り出すような声だった。
買い出しから戻ったティトレイは、部屋にいたヴェイグの異変にすぐ気付いた。無表情と言われる彼だが、付き合いの長い者が見ればそれくらいすぐにわかる。
「どうしたヴェイグ!悩み事か?」
駆け寄る勢いで尋ねると、ヴェイグは俯いたまま小さく首を横に振る。声を出す気力もないほど落ち込むようなことがあったらしい。生憎、今この部屋にいるのはヴェイグとティトレイだけなので、何があったのかを別の者に尋ねることはできなかった。先ほどまでマオがいたことを、彼は知る由もない。
「その顔で何でもない訳ねえだろ!いいから言ってみろって!」
「・・・・・買ったのか・・・?」
「は?」
「・・・・・指輪・・・」
ぼそぼそと呟かれた言葉を、ティトレイは何とか聞き取る。
「指輪?って、あれか?雑貨屋のおやじが押し売ってきたやつのことか?つーか、何でお前がそのこと知ってるんだよ」
「・・・・・マオが、見てた・・・」
「何だいたのか!マオの奴、声くらいかけろよな!」
天井へ向かって、今ここにいないマオへの文句を一頻り述べると、ティトレイは俯いたままのヴェイグに向き直る。
「指輪は買ってないぜ。んで、それがお前の落ち込んでる原因か?」
「・・・・・いや・・・指輪は、別に・・・」
「じゃあ何なんだよ?」
ティトレイに詰め寄られ、とても言い難そうにヴェイグが口を開く。
「・・・・・マオが、言っていた・・・お前とクレアはお似合いだと・・・」
「はあ!?何言ってんだあいつ!」
「・・・いや、マオは・・・正しい、と思う・・・二人とも明るいし、見た目もいいし・・・」
落ち込みながらもマオを擁護するヴェイグに、ティトレイは大きく溜め息を吐いた。
「お前が落ち込んでいる理由がよくわかったぜ」
「・・・・・いや・・・落ち込んでいる訳では・・・」
「死人みたいな顔して何言ってんだ!ほら行くぞ!」
「・・・・・?」
ヴェイグを無理やり立たせると、その腕を掴んだままティトレイは部屋を出た。
「ご、ごめんねヴェイグ!僕、ヴェイグにそんな酷いこと言ったなんて思わなくて・・・!」
ティトレイからの説明と、意気消沈しているヴェイグの様子を受けて、マオは泣きそうな顔で謝った。
「・・・いや・・・マオは思ったことを言っただけだ・・・」
「まあ、自分はそんなつもりがなくても、相手を傷付けることもあるってことだ」
「うん・・・ごめんなさい」
「いや、マオは悪くない・・・」
まだマオを庇うヴェイグ。しかしマオは落ち込みながらもはっきりと言う。
「ううん、ヴェイグを傷付けちゃったのは悪いことだよ。僕、もうそんなことしたくない」
「お前はまだ人付き合いの勉強中みたいなもんだからな。これから気を付けていけばいいさ」
「うん。ありがとう、ティトレイ」
「いいってことよ。んじゃヴェイグ、次行くぞ!」
「・・・?」
もう終わったと思っていたヴェイグは、ティトレイに腕を引かれながら首を傾げた。
「あ・・・ねえっ、僕も一緒に行っていい?えと、皆を傷付けないように気を付けるから・・・」
歩き出した二人に、マオが声をかける。振り返った彼らの目に、珍しく少し怯えたような表情が映った。
「もちろんだ」
「おうよ!」
すぐに快諾されて、マオが嬉しそうに笑う。
買い出しの荷物を整理していたクレアは、ノックの音にすぐ扉を開けた。そこにはティトレイを先頭に、ヴェイグとマオもいる。
「どうしたんですか?」
「ちょっと聞きたいんだけどさ、クレアは俺とヴェイグだったらどっちを恋人にしたいんだ?」
彼らしい直球の問いに、ヴェイグとマオが唖然とする。あまりのことに二人とも口を開けたまま何も言えない。
「え、えっと、それは、どうして・・・?」
「ヴェイグが落ち込んでんだよ。クレアの恋人には俺の方がいいんじゃないかって。そんなの、クレアが決めることだろ?」
何もそこまで開けっ広げに話さなくてもいいじゃないか、とヴェイグは薄れそうになる意識で思った。しかし次から次へと爆弾発言をされる衝撃に、口も身体も動かせない。隣では、マオがまたそわそわと困ったような視線をさ迷わせている。
クレアは納得がいったと頷くと、そうですねと言って微笑んだ。
「だろ!?まずありえねえと思うけどよ、それでもしもクレアに振られたら、それから落ち込めばいいじゃねえか」
「そうですね。ちょっと落ち込むのが早過ぎると思います」
「だよな!んで、クレアは恋人にするなら」
ティトレイがもう一度その質問をしかけたところで、くいくいと袖を引かれる。視線を向けると困ったような顔をしたマオがいた。
「どした、マオ?」
「あの・・・えと、ティトレイを傷付けちゃったらごめんね・・・さっき、ティトレイがクレアにどっちを恋人にしたいか聞いてた時、アニーが真っ青な顔して見てたんだ」
「何だアニーもかよ!皆どうして声をかけるってことをしねえんだ!?」
「それは、僕と一緒で急いでたんじゃないかな・・・たぶん、ヒルダのところに行こうと・・・」
「・・・・・は?」
ティトレイが理解不能だと言う声をあげる。
「えっと・・・アニーは、ティトレイとヴェイグがクレアを取り合ってると勘違いしてるんじゃないかな・・・その、傷付けてたらごめんね」
暫くぽかんとしていたティトレイの思考回路が、やっとマオに追いついた。
「よく気付いたぜ、マオ!ありがとな!」
言いながら身を翻し、猛ダッシュで駆け出すティトレイ。アニーがヒルダの元へ辿り着く前に追いつけるよう、残された全員が祈った。
「ヴェイグ」
クレアに名を呼ばれ、肩を震わせるヴェイグ。何もかもを言い逃げして行った友が恨めしい。
「ティトレイさんの言う通りよ。今度は落ち込む前に、相談しに来てね」
「・・・い、いいのか?」
「もちろん。ヴェイグには落ち込んでほしくないもの」
にっこりと笑うクレアに、ヴェイグはやっと僅かに頬を緩めた。