怖嫌

宿を確保しそれぞれ自由行動となったこの時間、クレアは一人で街を歩いていた。ちなみにヴェイグはティトレイと不足物資の買い出しに行っている。
何か用事があった訳ではない。ただ、街を見て回りたいと思っただけだ。知らない場所で、見たことがないものや人に出会うのは楽しい。こんな経験ができるのも、ヴェイグたちと旅をしているお陰だ。しかしこの旅も永遠ではない。いつか終わる時が来る。それまでにできる限り多くのことを学びたかった。

街と言うだけあって、昼間の人通りは多い。その中で、アニーの姿を見つけられたのは奇跡だった。
俯いてとぼとぼと歩く彼女へ向かって、人を避けながら進むクレア。酷く落ち込んでいるのは確かだ。あの様子では、いつ人にぶつかってもおかしくない。
「アニー!」
強めに呼びかけ、彼女の手を捕まえる。アニーはぽかんとした表情で振り返ると、数度目を瞬かせた。
「・・・クレア、さん?」
「大丈夫?」
「え、えと・・・はい・・・」
「そう、よかった」
少しも大丈夫そうには見えなかったのだが、それ以上聞くことはしなかった。手を繋いだまま、ゆっくりと歩き出す。アニーは何も言わずそれに続いた。

暫く歩いて、ベンチを見つけたクレアはアニーに休憩を提案する。少し硬い表情を見せた彼女だったが、小さく頷いてそれに従った。
「この街は賑やかね」
「・・・そうですね」
「人が沢山いて、歩くのが少し大変なくらい」
「・・・はい」
「村にいたらこんな経験できなかったから、皆と一緒にいられてとっても嬉しいわ」
「・・・・・そう、ですか?」
「ええ」
「わ、私と一緒にいて、よかったですか・・・?」
「もちろん。ありがとう、アニー」
「っ・・・く・・・クレア、さんっ・・・」
必死な顔をして問いかけてきたアニーの瞳が、大きく揺らぐ。彼女が何に対して悲しんでいるのかわからないが、少しでも早く元気になってほしいとクレアは思った。しかし、言いたくないことを無理に聞き出すことはしたくない。
少し悩んだクレアは、アニーの瞳を覗き込んで小さく微笑んだ。
「アニー」
「は、はい」
「我がままを言ってもいいかしら?」
「え・・・?あ、はい・・・どうぞ・・・」
「私ね、あなたが楽しい気持ちになってくれたら、とても嬉しいわ。でも無理に笑う必要はないから。生きていれば色んなことがあるから、たまには悲しい気持ちになる時もあるわよね」
「・・・・・」
「私の我がままを聞いてくれてありがとう。お礼に何かできることはないかしら。話したいことがあれば聞くし、一人になりたい、とかでもいいのよ」
「・・・・・クレアさっ・・・わ、私っ、私・・・!」
両手を掴み、アニーが言葉を詰まらせながら涙を零す。背中を擦るための手は塞がれていたので、額で彼女の肩にそっと触れた。これならアニーも自分の視線を気にせず泣けるだろう。

「さっき・・・歩いてたら、ユージーンがいたんです・・・」
鼻をすすりながら、アニーが話す。クレアは黙って頷いた。
「すぐ後ろから声をかけたんですけど・・・そのまま歩いて行っちゃって・・・私、何か嫌われるようなことしたのかなって・・・」
すぐ後ろ、を強調するアニー。ユージーンなら必ず気付きそうだとクレアは思った。ガジュマでもあり、元軍人でもある彼は、一般人よりもずっと優れた感覚を持っているのだから。だが、それでも。
「ユージーンさんは、アニーのことを嫌ってなんていないと思うわ」
「・・・でも・・・」
「振り返ってくれなかった理由はわからないけれど、ユージーンさんはあなたのことが大好きだと思うの。もちろん私も、アニーのことが大好きよ」
「・・・クレアさん・・・」
「宿に戻って、ユージーンさんに聞いてみるのはどうかしら。何か事情があったのかもしれないわ」
「・・・・・あ、あの」
「なあに?」
「クレアさんも、一緒にいてくれませんか・・・?」
心細い顔をしているアニーに、もちろんと言ってクレアは微笑んだ。

宿に戻った二人は、ユージーンの姿を探す。彼はマオとヒルダとテーブルで談笑しているところだった。そして丁度彼らの元へ歩み寄るヴェイグとティトレイもいる。買い出しから帰ったばかりなのか、数個の荷物を手にしていた。
「おい、ユージーン!」
「どうした」
「どうしたのか聞きたいのはこっちだぜ!さっき声かけたのに、無視して行っちまうこたねえだろ!」
憤慨するティトレイの隣りで、ヴェイグがこくこくと頷いている。ユージーンは目を瞬かせると、軽く首を傾げた。
「声を・・・?いつ、どこでだ」
「ついさっき、武器屋の前でだよ」
「え?ついさっきも何も、ユージーンはずっとここにいたよ」
『は?』
マオの言葉に、揃って声を上げる男二人。クレアとアニーは、駆け寄るようにして仲間の元へ向かった。
「お帰り。あんたたちも、同じこと言いたそうな顔してるわね」
昼間から酒を飲んでいるヒルダが、楽しそうな顔をして言う。
「お前たちも会ったのか?偽ユージーン!」
「えと、私だけなんですけど、ユージーンだと思って声をかけたのに行っちゃって・・・」
「そうだよな!ユージーンそっくりだったよな!」
「は、はいっ・・・!」
ティトレイの叫びに頷くアニー。そこには先ほどまでの沈んだ表情は欠片もない。
「服装も似てたんだよ!ありゃ何かの罠か陰謀だぜ!」
「罠か陰謀なら、あんたたちを無視しないでどこかに誘き出すとかするんじゃない?」
「僕も見てみたいなー。ユージーンのそっくりさん」
「クレアは平気だったのか?危ない目には遭ってないか?」
「ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう、ヴェイグ」
結局謎は謎のままだったが、アニーに笑顔が戻ってよかったとクレアは思った。