月夜

その日は随分と月が綺麗な夜だった。夜空にはそれほど興味を持ったことがないティトレイだったが、何故かこの時は月を眺めたいと思ったのだ。もしかしたらそれは、虫の知らせと言うやつだったのかもしれない、と彼は後にして思う。

宿の外へ出たティトレイの視界に入ってきたのは、月ではなく両手両膝を地についてぶつぶつと何やら呟いているヴェイグだった。

「どうしたヴェイグ!」
すかさず駆け寄り尋ねるティトレイ。ヴェイグは大きく肩を震わせると、よろよろと立ち上がり落ち着きなく視線をさ迷わせた。かなり動揺している。
「しっかりしろ!」
ヴェイグの両肩を掴み揺さぶると、彼はぐらぐらと前後に大きく振れた。抵抗する気力もないらしい。
「おい、ヴェイグ!何があったんだ!?」
「・・・め、ろ」
「めろ?メロンが食いたいのか?」
「違う・・・揺さぶるのをやめろ、と言ったんだ」
「そうか。んで、どうしたんだよ。思い詰めたような顔して」
肩から手を放して再度尋ねると、ヴェイグは表情を強ばらせて口を噤む。
「あのな、ヴェイグ。そうやって悩みを溜め込むのはよくないぜ。クレアのことだってそうだったろ?」
「・・・ああ。確かに」
「だから話せよ。お前は独りじゃないぜ」
「しかし・・・」
「何だよ、仲間だろ!」
「そ、そうだが・・・」
「ヴェイグ、もしクレアが今のお前みたいに悩んでたらどうする?」
「そ、それは、どうしたのか、聞く・・・」
「そうだろ!それでクレアが今のお前みたいに話してくれなかったら、悲しいだろ?」
「・・・・・っ」
「何か言えない事情があるのか?」
ヴェイグは溜め息と共に小さく頷いた。だいぶ長い時間悩んでいたのだろう、その表情には濃い疲れが見える。皆で夕飯を食べた時は、ヴェイグの様子におかしなところは見られなかった。その後に何かあったのだろうか。
「言えない理由も、言えないのか?」
「・・・いや・・・詳しくは言えないが、言うとその人を傷つけてしまうと、思う・・・」
「つまり、誰かのやばい秘密を知っちまって、どうしたらいいか困ってるのか?」
沈痛な面持ちで頷くヴェイグ。ティトレイは彼の肩を力強く叩いた。
「そんなことか!なら黙っておけばいいじゃねぇか。お前が知らない振りしとけば、何も変わらないだろ?」
しかしヴェイグの表情は晴れない、どころか更に重く暗くなっていく。
「・・・いや、たぶん変わる」
「へ?何でだよ」
「・・・俺が黙っていても、いつか気付く、と思う・・・本人かもしれないし、他の誰かかもしれない」
「えーと、それに気付いたら、皆お前みたいに落ち込むのか?」
「他の皆はわからん・・・が、本人は落ち込むと思う」
「つまりお前が知っちまった秘密ってのは、今はまだ本人も気付いてないけど、その内気付いて辛い思いをするってことか」
ヴェイグが再度頷く。ティトレイはもう一度その肩を叩いた。
「じゃあ早いとこそいつに教えてやろうぜ!」
「は・・・?」
「辛い思いをするなら、傍に仲間がいる方がいいだろ」
「そう、だが・・・いや、これは・・・」
「言ったろ!溜め込むなって。お前にもそいつにも、独りで悩みを溜め込んでほしくねぇんだよ!最初は辛くても、俺や仲間たちにその悩みをぶつけて、早くスッキリ笑ってほしいんだよ!」
「ティトレイ・・・」
「言ってくれるか、ヴェイグ」
ティトレイの熱い言葉に、ヴェイグは大きく頷いた。

「ユージーンの後頭部にハゲができていたんだ」

ヴェイグの衝撃発言に、ティトレイは拳を握りしめたまま硬直した。
「まだそれほど大きくはないから、暫くは気付かれないと思うが、いつか皆気付くだろう。俺がもしその事を伝えたら、ユージーンは深く傷つくに違いない。それでも、言うべきなんだろうか・・・」
ティトレイの両手が、苦悩するヴェイグの肩を強く掴む。
「決まってんだろ!今すぐ言いに行くぞ!」
「い、今から、だと!?」
「当たり前だ!つまりユージーンはハゲるほどの悩みを抱えてるってことだろうが!」
「そ、そうなのか!?てっきり老化かと・・・」
「ハゲるまで悩みを抱え込むなんて、お前もユージーンも薄情だぜ!」
「いや、俺はまだハゲてはいない」
「よし!早くユージーンの悩みも吐き出させてやろうぜ!」
「あ、ああ」
駆け出す二人。満月はそんな二人を柔らかい光で照らしていた。

その後、寝ていたユージーンを叩き起こして問い詰めたところ、そのハゲはマオが髪の手入れをしていた時に間違って切ってしまったものだと言うことが判明したのだった。