迷問
ヴェイグがこちらへ歩み寄って来たのに気付き、クレアは声を掛けようと口を開きかけてから、軽く首を横に傾げた。
少し俯き加減のヴェイグが、随分と深刻な顔をしていたからだ。表情に乏しいと言われる彼だが、幼い頃から共にいるクレアにはその違いがすぐにわかった。
何か悩み事でもあるのだろうか。彼女でもさすがにその理由まではわからない。
そんなことを考えている内に、重い足取りのヴェイグがこちらへと辿り着く。何かを決心したのか、先ほどの顔よりは迷いがなかった。
「・・・クレア、ちょっといいか?」
「ええ」
頷いてにっこり微笑むが、ヴェイグの表情は固いままだ。余程のことがあるらしい。クレアは大きな瞳を数度瞬かせる。しかし、まだこちらからは尋ねない。今はヴェイグの話を聞くべきだ。
「・・・・・・・・・」
と、思ったのだが、肝心の彼は一向に口を開かない。何故か額にうっすらと汗も浮いてきている。体調が悪いのではないといいのだが。
「どうしたの?」
「あ・・・すまない・・・その、何と言ったらいいか・・・」
「話し辛いことなら、無理に言わなくてもいいのよ?」
「い、いや、そう言う訳じゃ・・・」
もごもごとくぐもった声で言うヴェイグ。その言葉は途中で消え、再び沈黙が訪れる。俯いた彼の前髪が、さらさらと目を隠した。その奥で眉根に皺を作って悩み出した彼に、クレアはそっと手を伸ばす。
「ヴェイグ、大丈夫よ」
前髪を耳にかけると、彼の蒼い瞳が見えた。ヴェイグの瞳の色は、彼女のお気に入りの色の一つだ。
「あなたにどれだけ酷いことを言われても、私はあなたが大好きだから」
クレアの言葉に、ヴェイグが大きく目を見開く。
「っだ・・・!?そっ・・・お、お前を傷付けるようなことを、俺が言う訳がないだろう・・・!」
随分と動揺しているその姿は珍しい。クレアはくすくすと笑った。
「そうなの?とっても言いにくそうだから、どれくらい酷いことを言われるのか楽しみにしていたのに」
「楽しみなのか・・・!?いや、俺はただ、お前のほしいものを聞いてこいと、っ!!」
慌てて口元を押さえるヴェイグだったが、クレアの耳にはしっかり届いていた。
「私のほしいもの?」
「あ、い、いや・・・その・・・ああ。もうすぐクレアの誕生日だろう。だから、お前に気付かれないように聞き出せと言われて・・・」
「そうだったの」
観念したようにうなだれ、白状するヴェイグ。会話をあまり得意としない彼に、その指示は随分と困難なものだったのだろう。
クレアが彼の頭を撫でると、ヴェイグは困った顔をこちらに向けた。
「ごめんね、ヴェイグ。さっきはあなたが何を悩んでいるのか知りたくて、わざとあんなことを言ったの。ヴェイグが酷いことを言うなんて絶対にないって、わかってるから」
「そうか・・・」
ヴェイグは怒ることもなく、少し安堵したような表情を浮かべた。そのことに少し申し訳なくなる。
「ごめんなさい」
「いや、クレアは何も悪くない」
「ありがとう、ヴェイグ。いつも優しくしてくれて」
「・・・そんなことは・・・お前の方が、ずっと・・・」
そこまで言うと、ヴェイグはまた俯いてしまう。彼が何を言おうとしたのか気にならなかったとは言わないが、その先を無理に聞き出そうとは思わなかった。
「私は、皆のその気持ちだけで充分嬉しいわ」
「お前にほしいものを聞くと言う話になった時に、そう言うだろうと言ったら『気付かれないように聞き出せ』とティトレイに言われた」
「まあ」
「気付かれないのは無理だったが・・・できれば、何がほしいか教えてくれ」
ヴェイグに困ったような目線を向けられ、これは何かほしいものを考えなくてはと思案する。
「そうね・・・髪飾り、かな。皆が選んでくれたら、とっても嬉しいわ」
「そうか。わかった」
「ありがとう、ヴェイグ。皆にもお礼を言いたいけれど、内緒にした方がいいわね」
「いや、バレたことも言うから大丈夫だ。お前が礼を言っていたと皆に伝えておく」
「そうなの?」
「ああ。隠しておく必要もない。プレゼントを渡す時も、わざと驚かなくていい」
そう言われて少しホッとする。演技はあまり得意ではない。
「それなら、私から皆にお礼を言うわ。一緒に行きましょう」
にっこり笑って、クレアはヴェイグの手を取った。