望力

共に旅をする人数が多くなると、買い出しもそれなりの量になる。一つ買えば済むものも、その何倍もの数を買わなくてはならない。小さなものも量が増えれば結構な大きさと重さになる。今回は必要なものの種類も多かったので、最終的にかなりの荷物になってしまった。
両手にその大荷物を抱えるヴェイグに、クレアは先ほどから何度も手を差し伸べていた。しかしその度に断られてしまう。クレアより彼の方が力があるのだから、そうするのは当たり前だと。そう言われることが申し訳なくもなり、自分が頼りなくて少し情けなくもなる。自分が持つことを許されたのは、片手で持つのも容易いほど小さな袋一つのみ。

自分にもっと力があればいいのに。

「二人ともお帰り!」
「手は足りていたか?」
今日の宿に辿り着くと、マオとユージーンが声をかけてきた。駆け寄るマオが、クレアの荷物を受け取ろうと手を伸ばす。ヴェイグの方を手伝ってほしいと言う前に、ユージーンがやってきてヴェイグから荷物を半分受け取った。
先ほどまであれほど荷物を手放そうとしなかった彼が、ユージーンにはあっさりと荷物を取らせている。それを見て、クレアはふと思ったことを意図せず口に出していた。

「・・・私、男の人になりたい」

『っ・・・!?』
がたたっ!とあちこちで物音が立つ。マオとユージーンが思わず荷物を取り落としていた。少し離れたテーブルにいるアニーとヒルダは、唖然とした顔でこちらを見ている。ティトレイは、階段の下で手を上げたまま転がっていた。こちらに挨拶をしかけていたのかもしれない。そしてヴェイグは顔中にびっしりと汗を浮かべながら固まっていた。よく見ると唇が小さく震えている。
「っ・・・・・な、っな・・・」
ヴェイグの口から発せられたのは、言葉にならない呻き声だった。何故だと言いたいのだろうと、長年の付き合いでクレアは気付く。
「そうすれば、重い荷物も持てるようになるでしょう?ヴェイグにばかり持たせたくないわ」
「だ、だめだっ・・・それだけは・・・そんなこと、お前は気にしなくていい」
随分と必死に止めてくるヴェイグ。しかしそう言われてすぐに納得できるものではない。
「でも・・・」
「僕は男でも、あんまり重い荷物は持てないんですけどー」
マオが唇を尖らせて言う。確かに彼の細腕では、この荷物を抱えることは難しそうだ。
「マオはまだこれからでかくなるだろ。力も今から鍛えりゃいい。今日から俺と特訓するか?」
歩み寄ってきたティトレイが、そう言ってぽんぽんとマオの頭を叩く。
「うーん、ティトレイの特訓は暑苦しそうだなあ」
「何言ってんだ!特訓つったら暑苦しいに決まってんだろ!まずは腹筋百回だ!」
「ええー、そろそろおやつタイムなんですけどー」
「お、そうだったな。じゃあ食ってからやるか」
「ええー、その後はお昼寝タイムなんですけどー」
「お、そうか。じゃあ寝てから・・・って、おい!んなことばっかしてるから、力がつかねえんじゃねえか!」
「あはは、かもねー」
二人の話を聞いていたクレアは、やおら何か思い付いたような表情をして、ぽんと手を合わせた。ヴェイグの顔に戦慄が走る。

「ティトレイさん、私も特訓に参加させて下さい!」

再び仲間たちの動きが止まった。やる気満々のクレアに見上げられ、ティトレイは困った顔で頬を掻く。
「えーと、俺はいいけどよ、ヴェイグが嫌がるんじゃねえか?」
そう言われてクレアがヴェイグに視線を向けると、彼は激しく何度も頷いていた。
「どうして?私も重いものを持てるようになった方が、役に立てるでしょう?」
「だ、だが・・・だからと言って・・・クレアが筋骨隆々になるのは・・・」
「どんな姿でも、私は私よ」
「そ・・・そう、だがっ・・・しかし・・・俺は・・・俺はっ・・・!」
「筋骨隆々の私が傍にいたら、ヴェイグを苦しめてしまうの?」
「っ・・・そ、それは・・・」
既に充分苦しそうな顔で、視線をそらすヴェイグ。それが少し寂しい。やっと仲間たちの役に立てると思ったのに。

「何馬鹿なこと言ってんの」

呆れたヒルダの声が、クレアにかけられた。彼女は長い髪を片手でかきあげ、彼女の元へ歩み寄る。
「あんたはあんたのやり方で、充分役に立ってるわよ」
「えっ・・・」
「だから、たまにはヴェイグにもあんたの役に立たせてやりなさい」
「・・・そうなの?」
呆けた顔をしていたヴェイグが、目を見開いてからかくかくと頷いた。
「・・・っあ、ああ・・・!お前にはいつも助けられてばかりだ。だから、荷物持ちくらいさせてくれ」
「そんな、私の方こそいつもヴェイグたちに助けてもらってばかりで・・・」
「あはは、じゃあお互い様ってことで、今まで通りでいいんじゃない?僕もいっぱい皆に助けられてるし、これからも助けるよ!」
「わ、私も頑張ります!」
「俺もやるぜ!」
マオの言葉に、アニーとティトレイが続く。ユージーンとヒルダは小さく頷いただけだったが、彼らの優しい眼差しにクレアは胸が熱くなった。
「ありがとうございます。これからも、よろしくお願いします」
今の自分にできることを精一杯頑張ろうと、クレアは改めて心に決めたのだった。