教乞

「ハムサンドー、早く食べたいハムサンドー」
「くぉら、マオ!そんならお前も手伝え!」
「えー、でもボク、ティトレイが作ってくれた美味しいハムサンドが食べたいんですけど」
「お、そうか。なら仕方ねえ。もうすぐできるから待ってな」
「うん!楽しみー!」
上手く言いくるめられたことには気付かず、ティトレイが鼻歌と共に料理の支度へと戻る。
更にちょっかいをかけるか、それともつまみ食いでもするかとマオは迷ったが、また手伝いを命じられる可能性もあるので大人しくしていることにした。するとそこへ。

「ティトレイさん、パンにバター塗りました」
「サンキュ、クレア。んじゃ次はキュウリ頼む」
「はい、スライスですか?」
「んー、今日のラインナップだと千切りだな」
「わかりました」

率先して昼食の支度の手伝いを申し出たクレアが、慣れた手付きでキュウリを刻む。マオは彼女の傍へ歩み寄ると、しげしげと千切りキュウリを見つめた。
「やっぱ上手いねー」
「そう?いつも家でご飯の支度を手伝っていたからかしら」
「この腕があれば、クレアも戦えるんじゃない?包丁持ってバイラスの千切り!みたいな」
そう言ってあははとマオが笑いかけたところで、背後からがしりと肩を掴まれる。

「クレアに危険なことをさせるな」

やけに重たい声音に、マオは振り返るのを躊躇った。
「ヴ、ヴェイグ!?いつからいたの?」
確かマオがクレアの元に行く時、かなり離れた場所で大剣の手入れをする彼を見た気がしたのだが。
「今きた」
「えぇっ!?あんなとこからボクたちの話が聞こえてたの!?」
恐るべしヴェイグの執念。そこまでしてクレアが気になるのか。
「お前の声は大きいからな」
「そう?ティトレイの方がうるさいと思うんですけど」
「二人とも大して変わらない」
「えーっ、何か不満なんですけどー」
などと二人で話していたら、それまで口元に手を当て沈黙していたクレアが、名案を思い付いたかのような表情で両手を合わせた。

「ねえヴェイグ、剣の戦い方を知ってるなら、包丁の戦い方も教えられるわよね?」

ヴェイグがびしりと音を立てて固まる。マオは彼のフォルスが暴走しかけているのをうっすら感じ取った。
「っ・・・い、いやっ、それは無理だ・・・!」
「あら、どうして?」
どもりながら何とか声を絞り出して答えるヴェイグ。ここで教えられると言おうものなら、包丁での戦い方を教えてくれとクレアは言うつもりなのだろう。彼がどうやって断るつもりなのか、マオはとりあえず見守ることにした。
「っそ、それは・・・っ、大剣と包丁では、長さも重さも違い過ぎる・・・」
「確かにそうね」
素直に頷くクレア。ヴェイグは額に汗を浮かべつつも安堵の息を吐いた。彼の脅威は去ったようだ。マオもフォルスの暴走やら彼の背中からこちらへ滲み出ていた怒気やらから解放され、だいぶ肩が軽くなった。
「ヴェイグが包丁で戦うと、軽過ぎて空振りばっかしてそうだよね」
「そんなに違うものなのね」
マオとクレアの言葉に、がくがくと深く頷くヴェイグ。
「そうだよ、その点トンファーは軽いし扱いやすいし、力のない子でもがごっ」
意気揚々と話していたら、ヴェイグの大きな手がマオの口を塞ぐ。と言うか拳を突っ込まれた。苦しいともがくが、解放される気配はない。

「マオにトンファーを教えてもらえばいいのね」

嬉しそうにぽんと手を合わせて言うクレア。しまったとマオが思ったところでもう遅い。
自身の口の中からびきびきと氷がひび割れるような音がする。もちろん暴走を始めたヴェイグのフォルスだろう。それを認知すると同時に、ひきつるような痛みが口内を駆け巡った。このままでは凍傷になってしまう。
「もご!もがごごがっ!」
必死に暴れるが、ヴェイグは死人のような暗い視線を突き刺してくるばかりだった。余計なことをしてくれたなとその目が語っている。ごめんなさいと謝っても、それは呻き声にしかならない。
このままでは口が凍り付いて昼食が食べられなくなってしまう、とマオが戦慄したその時。

「キュウリできたかー?」

他の準備を終えたティトレイがやってきた。ヴェイグの拳がマオの口に突っ込まれていることは特に気にならないらしい。
「あ、ごめんなさい。もう終わります」
「おう。んで、何してんだお前ら?」
クレアが慌てて残りのキュウリを千切りにする。頷いたティトレイが、やっとマオたちの方に視線を向けた。ヴェイグがどろりとした視線を地面に向けながら、ぼそぼそと答える。
「・・・・・クレアが、マオにトンファーを習うと言い出した」
「はあ?何だってそんな話になったんだ?」
「トンファーなら力のない人でも戦えるそうなので、マオに教えてもらおうと思ったんです」
千切りを終えたクレアが言うと、ティトレイは色々察して困ったような顔をした。
「あー、いや、トンファーは止めといた方がいいんじゃねえかな」
「え?そうなんですか?」
「あ、ああ、ほら、あれだ、トンファーは敵に近付かないと攻撃できないだろ?そしたら俺がうっかりクレアを殴っちまうかもしれないじゃねえか!そんなことになってみろ!俺がヴェイグにやられちまうだろ!だから頼む!トンファーは諦めてくれ!」
やたら熱く語ると、ティトレイは土下座までした。ぽかんとするマオとヴェイグ。クレアは慌ててティトレイの元に膝をつく。
「は、はい、諦めますから立って下さい」
「わかってくれたか!嬉しいぜ!」
戸惑うクレアの手を握って、うっすら涙を浮かべるティトレイ。ついて行けないマオとヴェイグが、まだ呆けた顔でその光景を見ている。
こうして口が使えなくなる前に無事解放されたマオは、その後ティトレイのハムサンドを食べることができたのだった。