探人
森の中、丁度木々がぽっかりと姿を消した広場で、彼らは野営中だった。もう何度もやってきたことで、食事や寝る場所の準備も手慣れたものである。
料理番長を自任するティトレイを筆頭に女性陣は料理を手伝い、男性陣は焚き火やら石ころの撤去やらを行っていた。小さな枝一本でも、寝ている時に身体の下にあると気になるものである。これを取り除いてあるか否かで、寝心地のよさはだいぶ変わるのだ。
「ふっふふーん、どう?この小石一つない地面!完璧でしょ!」
マオが自信満々に両手を広げる。かがんで火をおこしていたヴェイグは、わざわざ立ち上がって辺りを見回すと、小さく頷いて同意を示した。
「やったね!ユージーンにも帰ってきたら見てもらおうっと」
褒めてもらうのが楽しみだと言わんばかりに肩を弾ませる彼を、ヴェイグは口元を緩めて見やる。そしてまた火起こしに戻るべく身をかがめた。
暫くそわそわと辺りをうろつくマオだったが、ユージーンはまだ戻らないようだ。薪拾いにどこまで行ったのだろう。あまり遠くまで行くと、バイラスや凶暴な獣もいて危険だと言うのは、ユージーンから学んだことだ。
「うーん、大丈夫だと思うけど、様子を見に行った方がいいのかな」
「・・・それは止めておいた方がいいだろう。行き違いになるかもしれない」
マオの独り言に、身をかがめたままヴェイグが言う。確かにユージーンだけ戻ってマオが戻らなかったら、今度はマオを探しに行かなくてはならない。
「確かに!皆でお互いを探しながらぐるぐるしてたら、ご飯がいつまでも食べられないね!」
仲間たちが入れ替わりながらお互いを探しに行く様を想像して、マオは思わず笑ってしまった。ヴェイグも目元を緩めている。
「じゃあちょっと心配だけど、大人しく待ってよっと。ユージーンだもん、大丈夫だよね」
「ああ、大丈夫だ」
ヴェイグが強く頷いたので、マオの「ちょっと心配」な気持ちはほとんど吹き飛んだ。
□■□
「よぉし!飯ができたぞお!って・・・あれ?ユージーンは?しょんべんか?」
おたまを手にしたティトレイは、言うなり背後から勢いよく張り倒された。
「あんたはもうちょっと言葉遣いを直しなさい」
「お、お前も・・・もうちょっとその手癖を直してほしい、ぜ・・・っ」
地べたに這いつくばったまま最後の言葉を呟き気絶するティトレイを、ヒルダは冷え切った目で見やるのみ。
「う、うう・・・っ」
「マオ?」
いつもならすぐにティトレイを笑うマオが俯いて震えているので、ヒルダは訝しげに声をかける。すると。
「うわぁああん!ヒルダー!ユージーンが、ユージーンが迷子になっちゃったよー!!」
涙目で訴えてくるマオに、ヒルダはいつになく狼狽える。普段と違うことが起きた時、自分はどうすればいいのか、長い付き合いでもいまだに戸惑ってしまうようだ。
混乱したかのごとく騒いでいるマオに、おろおろとするヒルダ。地面に突っ伏すティトレイ。
「ど、どうしたんですか?」
アニーが困惑した様子で駆け寄ってきた。その後ろからクレアが鍋を持ってやってくる。
「ユージーンが薪拾いから戻らない」
ヴェイグが答えながら、クレアの鍋を受け取った。驚きの表情を浮かべる女性二人と違い、ヴェイグは冷静に薪の上に鍋を設置する。
「ユージーンを探しに行ってくる。クレアは鍋を頼む。アニーはマオたちを頼む」
「えっ、ヴェイグが一人で?」
「わ、私も行きます!」
アニーが言うと、ヴェイグは小さく首を横に振った。
「アニーはマオとヒルダをなだめてやってくれ。あとティトレイの介抱も頼む」
マオはわあわあと泣きながらヒルダの服の裾を引っ張りぐしゃぐしゃにしていた。そんな彼を怒る訳にも突き放す訳にもいかず、ヒルダは魂の抜けかけたような顔でぐらぐらと上半身を揺らされている。ティトレイはいまだに気絶したままだ。ヒルダの手刀はクリティカルだったらしい。
ユージーンを探しに行くよりこちらの面倒を見る方が大変そうだとアニーは思った。鍋も含めてこれをクレアに任せるのは酷と言うものだ。
「わ、わかりました。ヴェイグさん、くれぐれもお気を付けて」
「ああ」
アニーの言葉に頷くヴェイグ。クレアも心配そうな顔で口を開く。
「・・・ヴェイグ」
「心配はいらない。まずは近くを探して、見つからなかったらすぐに戻る」
「嘘つき」
間髪入れずに返されて、ヴェイグだけではなくアニーまでも目を見開いた。
「見つからなかったら、もっと遠くまで探しに行く気でしょう?昔、わたしが迷子になった時もそうだったじゃない」
「そ、それは、まだ子供だったからで」
「私たちに心配をかけたくないのはわかるけれど、これでヴェイグまで帰ってこなかったら、もっと心配をかけることになるのよ?」
「だが、探しに行かないとユージーンが・・・」
「そうね。でもあなたが一人で行くのは反対だわ。こう言う時こそ、いつもみたいに皆で協力しましょう」
にっこりと微笑んで言うクレア。ヴェイグはそれ以上何も言えなくなる。アニーもぽかんとしていたが、ヴェイグよりは立ち直りが早かった。
「クレアさん・・・っ!そうですね!皆で一緒に探せば安心です!」
「ええ、そのためにもマオたちを一緒に介抱しましょう」
「はいっ!」
意気揚々とマオたちの元へ向かうクレアとアニー。ヴェイグはだいぶ遅れてから、小さく微笑んでその後を追うのだった。