見人

「うえぇええっ、ユージーンっ、どこ行っちゃったのぉっ」
「マオ、もう泣かないで」
ユージーンが薪集めから戻ってこないと騒ぐマオ。アニーは幼子をあやすように彼の頭をなでる。
彼にとっては父とも呼べる存在だ。何かあったらと心配するのは当たり前だろう。この場所はバイラスもでるし、地形も複雑だ。想像できる危険はいくらでもある。

近場だからとユージーン一人で行かせたことを、ヴェイグは後悔していた。子供ではない、戦えない村人でもない、だから大丈夫だと己に言い聞かせるが心はざわざわと落ち着かない。
焦りか不安か、なんとも言えないもどかしさに、ヴェイグの表情はいつも以上の険しさを浮かべる。

「ヴェイグも心配?」

横からかけられた声に、はっとして視線を向ける。すぐそばに困ったような笑みを浮かべるクレアがいた。
「あ・・・そうだな。ユージーンは強いから、無事だと思う・・・が、少し心配だ」
「そうね。ユージーンさんならきっと大丈夫。でも、心配なものは心配よね」
「・・・クレアも心配なのか?」
先ほどからクレアは気丈な様子で、気絶しているティトレイの介抱やらすでに食べごろを過ぎた鍋の世話やらをこなしていた。だから彼女はユージーンの無事を信じていて、心配などしていないのかとヴェイグは思っていたのだが、そうでもないらしい。ヴェイグも彼女を手伝ってはいたが、こんな調子で気はそぞろだった。
「もちろん心配よ。今すぐ走って探しに行きたいくらい。でも、私がそんなことをしたら皆に迷惑をかけるだけでしょう?」
「迷惑と言うことはないが・・・困りはするな」
「それを私は迷惑をかけたって思うの」
「そうなのか?」
「ええ、私はもうヴェイグに心配させたくないわ。心配し続けるのは、つらかったでしょう?」
それは彼女が氷に閉じ込められていたときのことか、それとも城に連れ去られてしまったときのことか、それ以外にも思い当たることがあれこれある。
「・・・そうだな。楽しいものでは、なかった」
「だから私は、もうヴェイグに心配させたくないの。これからは沢山楽しい思いをしてほしいのよ」
「・・・クレア」
「だから早くユージーンさんを見つけましょう。これからどうするかを、皆で考えないと」
「そうだな」
二人で微笑み、見つめ合う。先ほどまであった不安が、霞のように薄く流れ去っていった気がした。

「あー・・・、な、んだぁ?もう朝か?」
ティトレイが寝ぼけた声をあげて身を起こし、辺りを見回す。言葉遣いの件でヒルダから制裁を受けて昏倒していたことを覚えていないらしい。
ヴェイグとクレアが歩み寄ると、ぱちくりと目を瞬かせて彼らを見上げるティトレイ。
「朝じゃない、もうすぐ日が暮れる。急いでユージーンを探しに行くぞ」
「へ?ユージーンがいないのか?迷子にでもなったか?」
「ああ」
「マジかよ!?」
慌てて飛び上がり駆け出そうとするティトレイの首根っこをつかんで止めるヴェイグ。首が締まったティトレイは「ぐぇっ!」と奇声をあげる。
「何だよヴェイグ!早く探しに行かねえとやばいぞ!日が落ちたら探せねえだろ!」
「マオとヒルダを正気にするのが先だ」
「へ?」
ティトレイが視線を巡らし二人の姿を探す。先に目に入ったのは、真っ白になって突っ立っているヒルダだった。
「な、何だ何だぁ!?」
「錯乱したマオに泣きつかれて気絶してるだけだ。あのままにはしておけない。どうにかしてやってくれ」
「おう!大丈夫かヒルダ!」
ティトレイがヒルダの元に駆け寄るのを見届けてから、ヴェイグはマオとアニーの元へ向かう。クレアもその後に続いた。

「うぐっ、ずびびっ、ゆ、じぃいん、うわぁああっ」
「な、泣かないでって、言ってるじゃないのぉ、ううっ」
マオを泣き止ませようとしていたはずのアニーまでもが泣き出していた。どうすればいいのか途方に暮れるヴェイグ。こちらをティトレイに任せた方がよかったかもしれない。
「二人とも沢山泣いたのね。目が真っ赤よ」
クレアがマオたちの元に歩み寄り、ハンカチを目元にあてた。二人は少し落ち着いたものの、まだぐずぐずと音を立てている。
「アニー、一人でいっぱいがんばったわね。ありがとう」
「う、うぅっ、クレアさん、でもっ、私ぃ」
「うん。アニーがマオのことを見ていてくれたから、とっても助かったわ」
「・・・そ、なんですか?」
「ええ。ありがとう、アニー」
クレアにぎゅっと抱きしめられて、アニーは恥ずかしそうに頬を染める。
「え、そ、そんな、私なんてちっとも・・・」
「そんなことないわ。早速次にお願いしたいことがあるんだけどいいかしら?」
「は、はいっ」
「ティトレイさんがヒルダさんの様子を見てるんだけど、一緒に体調を見てあげてほしいの」
「はい!わかりました」
元気よく言って駆け出すアニー。その様子にほっとするヴェイグ。しかしまだマオが泣き止まない。
クレアがマオの頬をハンカチで拭い、優しく声をかける。
「マオ、しっかりして。ユージーンさんを探しにいかないといけないわ。日が暮れると動けなくなるから」
「っ・・・!!」
「心配でも、立ち止まらないで動きましょう。皆で力を合わせれば大丈夫。ユージーンさんも見つかるわ」
「う・・・うんっ・・・うん!」
泣きながら何度も頷くマオ。先ほどの取り乱した様子はもうない。

「この森、何かおかしくない?」
介抱され立ち直ったヒルダが、集まった一同に向かって言う。
「おかしいって何が?」
マオがかくりと首をかしげると、ヒルダは困った表情で口を開いた。
「よくわからないんだけど、心がざわつくって言うか・・・」
「そうか?俺はいつも通りだけど」
「それはあんたが鈍感だからよ」
ティトレイが反論する前に、ヴェイグが言葉をはさんだ。
「それは、不安や焦りみたいなものか?」
「そうね」
「俺も感じている。ユージーンがいないからだと思っていたんだが、そうじゃないのか?」
「それにしては取り乱しすぎじゃない?特にマオ」
「え、ボク?うーん、そう言えばさっきはすっごく不安で悲しかったよ。涙が止まらなかったし」
「もう平気なのか?」
「まだ不安だけど、それでもユージーンを探しに行かなきゃってクレアに言われたからかな?さっきより全然平気」
「もしかして、不安な気持ちを増幅させるような何かが、この森にあるんでしょうか・・・?」
アニーが青ざめた表情で呟く。その感情はその何かのせいなのか。するとその時。

「皆無事か!?」

ユージーンが黒い体躯を翻して、一同の元へと転がり込んできた。