楽笑

ヴェイグは寡黙だ。あまり話さないし、笑うことも少ない。クレアが旅の共になってからは、だいぶ笑みを見かける機会も増えたが、それでも他の仲間たち(あのヒルダと比べてさえも)より、口角が下がっている時間が長いし、腹を抱えて笑うところなど見たことがない。彼はそれで楽しいのだろうか。ふと疑問に思ったマオは、ヴェイグに聞いてみることにした。

しかし、探している時に限ってヴェイグの姿が見つからない。今は宿を確保して、買い出しも終え、夕餉までの自由時間だった。だからこそ、ヴェイグとゆっくり話すチャンスだと思ったのだが、宿の部屋にも食堂にも彼の姿はなかった。

まさかと思うが女性陣の部屋にいるのだろうか。ヴェイグがクレアたちに囲まれて、キャッキャウフフと笑い合う光景を想像し、思わず吹き出す。そんな状況だったら是が非でも見てみたい。
小走りに女性陣の部屋へ行き、ドアに張り付いて耳をそばだててみた。ノックをするのがマナーだとわかっているが、ヴェイグたちがキャッキャウフフしているところにそんなことをしたら、彼はいつもの無表情に戻ってしまうかもしれない。神経を耳に集中させ、中の音を拾うが何も聞こえてはこなかった。これは誰もいない、のか―――

「・・・あんた、ぶたれたいの?」

剣呑な空気を感じ、振り返ったマオは即座に土下座した。自分も一応男である。作り出されたものとは言え、性別は男と言うことになっている。ヒルダは彼の流れるような土下座に不意を突かれたのか、上げていたその手を翻すことはしなかった。
「ごめんなさい。ヴェイグがキャッキャウフフしてるかと思って聞き耳立ててました」
「それってどんな天変地異よ。今は誰もいないはずだけど」
ヒルダが少しドアを開け中を覗く。ほら、と言いながらさらに開けられたドアの中を見やると、確かにそこはもぬけの殻だった。女性陣の部屋は自分たちの部屋と違って整っている。
「で、何でヴェイグが女装してんのよ」
「え?何でヴェイグが女装してることになってるの?」
ヒルダの予想外の台詞に、目を白黒させるマオ。ヒルダも意外そうな顔をする。
「だってヴェイグがオカマになってるところを見にきたんでしょ?」
ヴェイグの名誉を著しく傷つけていることに気付いたマオは、慌てて事の経緯を説明する。自分はあまり笑わないヴェイグが、日々を楽しく過ごせているのか心配になったのだと。確認したくて彼を探していたが見つからないのだと。もしかしてヒルダたちに囲まれて、キャッキャウフフと楽しく過ごしているのかもしれないと思ってここにきたのだと。
「そんなことある訳ないでしょ」
ヒルダが一蹴してくるが、まだ望みは捨てたくないマオだった。もしかしたらクレアとアニーに挟まれて、キャッキャウフフしているかもしれない。
「だから何でオカマなのよ」
「ヴェイグがオカマだなんて言ってないよ!」
「その言い方じゃ、誰が聞いてもオカマでしょうよ」
「えー!じゃあ皆にも聞いてみるよ!」
目的がちょっと、ならぬだいぶズレたが、気になるのだから仕方ない。

「ティトレーイ!ヴェイグがキャッキャウフフしてたらどう思う!?」
「はあ!?」
駆け寄るなりそう質問すると、ティトレイはものすごく怪訝な顔をした。ここまでは想定通りの反応である。
「例えばだよ!」
「お、おう、そうか・・・そうだな・・・ビックリするけど、まあ、アイツがその道を選ぶなら、応援・・・で、できるのか・・・?」
頭を抱えてしまったティトレイに、これはまさかと嫌な予感が過る。
「ねえティトレイ、もしかしてヴェイグがオカマになったところ想像してる?」
「あん?お前がそう言ったんじゃねーか」
「違うよー!オカマじゃないんだってば!」
叫ぶマオの背後から、影がさした。鍛錬してくると出て行ったので、丁度帰ってきたところだろうか。
「誰がオカマになったんだ?」
眉を顰めるユージーンに、ティトレイが答える。
「ヴェイグだよ」
「違うってば!」
またしてもヴェイグの名誉が傷ついてしまった。マオは再びヒルダにした説明を繰り返す。彼はあまり笑わないが、楽しい日々を送れているのか心配になったのだと。彼を探して聞いてみたかったのだが、見つからないのでもしや女性陣の部屋でキャッキャウフフと楽しく過ごしているのではないかと思ったのだと。
「それは・・・めでたい・・・こと、かもな・・・?」
彼にしてはだいぶ自信のない意見を述べるユージーン。まさか脳裏にはオカマのヴェイグが浮かんでいるのだろうか。
「ユージーンも、ヴェイグがオカマだと思っちゃった?ボク、そんなつもりで言ってないよ」
「そ、そうか。その言い回しが問題なのだろう。変えてみたらどうだ?」
「キャッキャウフフじゃなかったら・・・アハハエヘヘ?」
「それならオカマにはならねーな。バカっぽいけど」
ティトレイが呆れた顔で言う。彼にそこまで言われるとは、ますますヴェイグの名誉がボロボロだ。
「うー、言い方ってむずかしいよー」
「そうだな。むずかしい。だからこそ俺たちはすれ違うこともある」
ユージーンがマオの頭をぽんぽんと叩きながら言った。みんなそうなのかと思うと、少し気持ちが楽になった。
「そーだぜ。だからそんなに気にすんなよ」
ティトレイにも励まされて、マオはやっと笑顔になる。
「うん!二人ともありがとう!ヴェイグがオカマだって言われても、もう落ち込まないよ!」
「だってよ、ヴェイグ、よかったな」
「・・・・・」
笑いをこらえるティトレイの言葉に、硬直するマオ。おそるおそる振り返ると、そこにはやはりヴェイグの姿があった。しかもちょっと落ち込んでいるように見える。
「ああー!違うんだよヴェイグー!オカマだなんて言ってないんだよー!」
大慌てで事の経緯を説明したら、ヴェイグは怒らないで頷いてくれた。
「俺も、村ではよく勘違いされた。でも、その度にクレアが助けてくれたんだ。ちゃんと話せば、皆わかってくれる・・・俺は、まだ言葉が足りないけれど、諦めずに皆ともっと話そうと思う」
「うん!ボクもヴェイグといっぱい楽しく話したい!」
そう言うと、ヴェイグは久しぶりに顔を綻ばせてくれた。

ここにクレアがやってきて、「ヴェイグってオカマになるの?応援するわ!」と言い出すまであと僅か。