予感
「クレアっ・・・!!」
小さく、だが力強く呟いたヴェイグは、両手に持っていたそれなりに重たい荷物を放り投げて駆け出した。
「っのわあ!?」
「むっ・・・!?」
半歩ほど前を歩いていたティトレイと、ヴェイグの真横にいたユージーンが声を上げてその荷をキャッチする。ヴェイグは荷物を投げ捨てたのではなく、彼らに受け取ってもらおうとしたのではないかと、ティトレイの隣りを歩いていたマオは思った。
そんなことを考えている間にも、走るヴェイグは彼らからどんどん離れていく。先ほど名を呼んだクレアは、ヴェイグが向かっている方向からもう少し離れた木の上にいた。
それなりに高い位置にある枝にまたがり、何かに向かって細い腕を伸ばしている。
彼女の下には幼い子供が三人。真ん中にいる少女は、泣きべそをかいてクレアを見上げていた。両端の少年たちも、心配そうな顔でクレアを見守っている。
この状況から推測するに、子供たちの持ち物が木の上にあり、それをクレアが取ろうとしているのだろう。よく見ると、クレアの手は鳥の巣のようなものに伸ばされていた。そこにお目当ての物があるらしい。
「おいおい、クレアのやつ大丈夫かあ?」
「村では木登りもしていたと聞いた気がするが・・・っ!?」
「ああっ!」
ティトレイの声に応えていたユージーンが声を詰まらせ、マオが逆に声を上げる。
クレアが木から落ちるのを、彼らは茫然と眺めることしかできなかった。
「っ・・・!!」
「・・・・・ヴ、ヴェイグ・・・!?」
全力で走った上に、それなりの高さから落ちてきたクレアを受け止めたヴェイグは、荒い息をしたまま何も言わず両ひざをついた。
「だ、大丈夫?買い出しは終わったの?」
「・・・・・」
ヴェイグは何も言わずに頷く。
「そうなのね。お疲れ様・・・あの、ありがとう。助けてくれて」
「・・・・・」
また小さく頷くヴェイグに、クレアは困った表情で翠の瞳を揺らがせた。
「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって」
「・・・・・」
今度はヴェイグが首を横に振る。呼吸は落ち着いてきたようだが、クレアを抱えている両手はまだ小さく震えていた。彼女が重いからと言う訳ではないだろう。
「・・・ごめんなさい、ヴェイグ。怖い思いをさせてしまって」
「・・・・・っ」
ヴェイグは肯定も否定もせず、ただクレアの肩口に額を寄せた。
クレアがヴェイグの頭を抱えるように抱き寄せる。
クレアを氷漬けにしてしまった時のこと、クレアが身体を入れ替えられたことに気付けず救えなかった時のことが、ヴェイグの脳裏に蘇っているのだろうか。クレアはヴェイグに強く抱き着くと、努めて明るい声で言う。
「ありがとう。助けてくれて」
ヴェイグの震えが、少し落ち着いた。
「ヴェイグが助けてくれたから、どこも怪我してないわ」
「・・・・・本当か?」
「ええ。あの子のブローチも無事よ」
「・・・・・ブローチ・・・それを取ろうとしていたのか」
「カラスに取られてしまったんですって。おばあさんの形見なのよ。綺麗でしょう?」
青い石で作られたブローチを、ヴェイグに見せてクレアがほほ笑む。
「ヴェイグの目と同じ色」
「・・・・・」
「とっても綺麗ね」
「・・・・・」
ヴェイグが何も言えないでいると、ブローチの持ち主やその友人たち、そしてユージーンたちも彼らの元に駆け寄ってきた。
「クレアー!大丈夫!?怪我してない!?」
「何やってんだよクレア!パンツ見えるとこだったぞ!」
「お前こそ何を言ってるんだ!」
ティトレイの頭を叩くユージーンに、クレアが声を上げて笑う。元気そうな様子にホッとする面々。
ブローチを受け取った少女たちは、何度もお礼を言いながら帰っていった。
「でもすごいねヴェイグ!クレアが木から落ちるって、予知してたの?」
興奮気味のマオに、ヴェイグは戸惑うような顔で首を横に振る。
「いや、予知はできない・・・」
「いつもの心配性だろ?でもよかったな!あそこで走らなかったら間に合わなかったぜ!」
ティトレイの言葉にヴェイグが頷く。
「今度木に登りたくなった時は、我々が戻るまで待っていてほしい」
ユージーンの言葉にも、ヴェイグは深く頷く。
「はい、ご心配おかけしました」
謝るクレアの言葉にも、何度も頷くヴェイグだった。