約束
旅の道中、魔物との戦闘になることはよくあることだ。できる限り避けるようにはしているが、どうしてもそちらへ進まなくてはならない場合は、やむを得ずその魔物を倒すこともある。またはこちらの油断か、魔物の気配を断つ技術が優れているためか、気付かず相手の接近を許してしまうこともある。
今回は、気付いた時には複数の魔物に取り囲まれていたと言うパターンだった。ざっと見て二十匹はいるだろう。魔物たちが密集しているところへうっかり足を踏み入れてしまったらしい。
こちらが武器を構えてから、魔物たちは茂みから飛び出して襲いかかってきた。
ジュディスとユーリがそれぞれ反対方向へ駆け出した。リタは魔物たちから一番離れた中央で詠唱を始める。リタの傍へエステルとレイヴンが駆け寄った。カロルは慌てた様子で仲間たちを見やってから、意を決して魔物の数が少ないところへ駆けていく。
ユーリが舞うように剣を振るい、素早く一匹を仕留める。反対側ではジュディスが天から魔物を貫いていた。凄まじい光景に恐れをなしたのか、彼女の周りの魔物たちが動きを止める。そのまま逃げだしてくれればよかったのだが、魔物たちはカロルの方へと走り出した。
「っえぇええ!?」
五匹ほどの魔物が一斉に向かってくる光景に、カロルが悲鳴を上げる。一人で何とか一匹仕留めて喜んでいたところにこの展開だったため、彼がパニックになったのも仕方ない。
獲物を担いで逃げ出すカロル。魔物の足もそれほど速くないが、追いつかれるのは時間の問題だ。
しかし魔物たちがカロルに追いつく前に、ジュディスとユーリが魔物たちへ辿り着いた。槍を一閃し、魔物の足を止めるジュディス。カロルに一番近い魔物を、ユーリの剣が切り裂く。
「派手にやり過ぎだぜ」
「ごめんなさいね」
言い合う二人の口元には笑みが浮かんでいる。カロルと違って彼らにはまだ余裕があるらしい。
走り続けていたカロルは、後ろの魔物が追ってこないことにやっと気が付いたところだった。しかし、安心する暇はない。
「っ・・・!!」
息を呑むカロルの前には、先ほどまでユーリが相手をしていた魔物たち。その数七匹ほど。
リタの呪文が魔物の団体を吹き飛ばす。しかしまだ囲まれていた一角を崩しただけだ。魔物は後十数匹ほど残っている。その内の半分はユーリとジュディスが相手をしていて、残りの半分はカロルに襲いかからんとしていた。しかし獲物を振り回していたお陰か、魔物たちはまだカロルへ攻撃を始めていない。
リタが呪文を放つと同時に駆け出していたエステルが、カロルの元へ辿り着いた。
「エステル!」
仲間が来てくれた喜びにカロルの腕が止まる。その隙をついて魔物が飛びかかってきた。横からエステルの剣が繰り出される。急所を突いた攻撃に、魔物は倒れ伏した。しかし今度は残った魔物たちがエステルへと襲いかかる。カロルを後ろに庇い、魔物の牙を盾で受け止める。大きな金属音が響いた。びりびりと手が震え、よろめいたエステルをカロルが後ろから支えた。彼の手は震えていたが、動けることにエステルは安堵する。
その時、エステルたちの死角から飛びかかろうとしていた魔物が、レイヴンの矢に貫かれて足を止めた。そのまま続けて矢を放てば、いずれ倒すこともできたがそうはしない。矢を放つと同時に、すかさず周りの気配を探り、リタや自分の近くに魔物が迫っていないことを確認する。そしてまたエステルたちの方へ矢を放つ。彼女たちの事は心配だが、こちらの守りを怠る訳にはいかない。
再びリタの呪文が完成する。エステルたちが相手をしている魔物を一掃したかったが、ここまで接触していると仲間を巻き込んでしまう恐れがあった。仕方なく、群れから僅かに離れた一匹を仕留める。
更にエステルの剣とカロルのハンマーが、魔物を後一匹まで減らしたところで、ユーリとジュディスが合流した。我先にと獲物を繰り出し、同時に仕留める。
「ありがとうございます・・・」
「そ、そこまでしなくても」
鬼気迫っていた二人に少し怯えるエステルとカロル。魔物から剣を引き抜いて、血を振り払うユーリが困ったように笑った。
「戦ってるうちに、どっちが敵を早く倒すか競争してるみたいになってきてな」
「・・・ユーリが怖いよ、エステル」
「こういう戦いを楽しむと言うのは、ちょっと賛成できません」
「次から気を付けるよ」
エステルの腕にしがみついて震えるカロルと、不満そうなエステルに、反省したのかよくわからない態度で答えるユーリ。ちなみにジュディスは全く他人事のように己の武器を手入れしている。
そんな話をしているうちに、リタとレイヴンも合流した。
「エステル、大丈夫?」
「はい。リタも大丈夫です?」
「うん」
「えっと、僕も大丈夫だよ?」
「あんたはもうちょっと自分の身を守れるようになりなさい」
「はい・・・」
がっくりと肩を落とすカロル。ユーリがこれから強くなればいいさとフォローする。その言葉に頷いてから、エステルはレイヴンへと向き直った。
「さっきは助かりました」
「へ?」
「レイヴンが魔物を足止めしてくれていなかったら危なかったです」
「ええっ、あ、危なかったの?」
その魔物は彼女たちの死角にいたと思ったのだが、エステルは気付いていたようだ。驚いているカロルは、リタに修行が足りないと叱られてまた落ち込んでいる。
「ありがとうございます」
「あ、全然っ、礼を言われるようなことしてないから。頭上げて。ねっ」
深々と頭を下げるエステルに、何故か慌てたような態度で言うレイヴン。彼の意図がわからないエステルはきょとんと目を瞬かせる。
「きっと恥ずかしいのよ」
「そーなのかねぇ」
ジュディスの推論に、ユーリは疑問を呈しつつもまんざらではない顔つきだった。彼らのやり取りを目にして、エステルがレイヴンへ問いかける。
「恥ずかしいんです?」
「は、はは、どうだろうねぇ」
「わからないんです?」
「まあ、大人の事情ってやつよ」
「じゃあ、私が大人になったら教えて下さいね」
「へ?」
「約束です」
「・・・えーっと・・・はい・・・」
にこにこと小指を差し出してくるエステル。思わぬ反応にどう答えるか迷ったが、レイヴンは観念して指を絡める。
指切りの歌が終わるまで、レイヴンはやり場のない視線を絡めた指に向けていた。いつか彼女が大人になったら、何と答えるか考えながら。