脱水
今日はかなり日差しが強く、じりじりと肌が焼かれるような陽気だった。森の中は生い茂る木々が強い日光を遮ってくれていたが、湿気を多く含んだ空気は彼らの体力を着実に奪っていく。
「・・・ね・・・もう、水、ない・・・?」
「はい・・・私の分は、なくなってしまいました・・・」
カロルの疲れが溢れる声に、エステルの弱々しい声が返される。
「黙って歩きなさいよ・・・余計喉が渇くでしょ・・・」
「リタっちだって黙ってないじゃなぶっ」
カロルの思いを代わりに口にしたレイヴンが、リタの拳で口を噤む。ユーリとラピードは彼らよりも少し前で先の様子を探っていた。まだ近くに魔物はいないようだ。
不意にジュディスが足を止める。後ろを歩いていたリタが、危うくぶつかりそうになって彼女を睨みあげた。しかし、リタが文句を言うより早くジュディスが口を開く。
「水の音が聞こえるわ」
エステルとカロルが真っ先に瞳を輝かせてジュディスを見やった。すると前方からラピードとユーリが声をかけてくる。
「わん!」
「水場があるぞー」
「やったあ!」
「お、お水、です・・・?」
「エステル!ふらふら走ると転」
リタの台詞が終わらないうちに、エステルがぺたりと倒れた。だから言ったのにとリタが溜め息を吐いて駆け寄る。
しかしエステルは倒れたまま起きてこない。リタがエステルの元へ辿り着くと同時に、レイヴンも膝をついて彼女の様子を窺った。いつの間に追いつかれたのか、リタは驚くがそれよりもエステルの様子が心配で問いただすことはしなかった。
「え、エステル大丈夫?」
「脱水症状かしら?」
遅れて合流したカロルとジュディスが、力なく倒れているエステルを覗き込む。
「早く水場に連れて行きましょ!」
焦ってエステルの腕を引くリタをやんわり退かせて、レイヴンが彼女の身体を抱き上げる。エステルの顔は紅潮していて、服越しに触れた身体は熱かった。ジュディスの言う通り、脱水症状だろう。カロルが水をほしがった時に、エステルが何度か自分の水を分けていたが、そのせいかもしれない。自分の基準に合わせて、まだ大丈夫だと考えてしまったことが悔やまれる。両手が空いていたら、手近な木を殴りつけていたかもしれない。
「涼しいところで休ませれば大丈夫でしょ」
心配そうなリタとカロルに、レイヴンはいつもの軽い調子で言った。
水場の近くで木陰を探し、エステルを横に寝かせる。先に水場にいたユーリが、汲んでおいた水をレイヴンに手渡した。その水で布を濡らして、エステルの額に乗せる。不安げなリタと共に見守るが、エステルはまだ目を閉じたままである。
「エステル、倒れたのか」
「うん、脱水症状かもって・・・」
「水は持ってただろ。飲んでなかったのか?」
「・・・ぼ、僕が、エステルの水、沢山もらっちゃったんだ・・・」
申し訳なさそうに言って項垂れるカロル。その頭をぽんぽんとユーリが叩く。
「次は我慢しようって言う気持ちは正しいが、倒れない程度にな」
「う、うん」
「仲間が倒れそうなのに気付かないってのも問題だが、先に自分が倒れてちゃ意味ないからな」
「う・・・うん・・・」
ユーリの言葉は、カロルだけではなくレイヴンの性根も容赦なく打ち付けてくる。一時期は人の上に立っていたのだから、それくらいできて当然のはずなのだ。エステルを下ろして自由になった両手を、袖の中で強く握り締めた。
「ま、俺も全然気付かなかったからな。一緒にエステルに謝ろーぜ」
「えぇ?ユーリはラピードと先に魔物がいないか見に行ってたんだから、気付かなくて当たり前だよ」
「それからエステルも叱っておかないとな。いくらカロルがヘロヘロでも、自分が倒れちゃ意味ないって」
「ちょっと!元はと言えば、がきんちょがエステルの分まで水を飲んじゃったからでしょ!?」
「そうかもしれないけれど、このままじゃまたエステルが倒れるでしょう?自分を管理できるように、言っておいた方がいいんじゃないかしら」
ユーリの台詞にリタが大声で噛み付くが、ジュディスが更に異を唱えた。
「そうそう。エステルだけじゃなくて、俺たちも自分がぶっ倒れないように気を付けよーぜ」
「わぉんっ!」
「わ、わかったわよ!あたしも気を付けるっ」
「僕も!エステルが倒れないで済むように、自分が倒れないようにする!」
仲間たちの会話を聞いて、レイヴンは少しだけ両手の力が抜けた。仲間が倒れないように、まずは自分が倒れないようにする。
「そうねぇ。おっさんも気を付けるわ」
皆で少しずつ、改善していけばいい。