悩落

エステルから少し距離を取ったところで、仲間たちはどうしたものかと思案に暮れていた。
「またジュディスちゃんがきっついこと言ったんじゃないの?」
「あら、昨日は特にエステルを咎めた覚えはないけれど」
一応エステルに聞こえない程度の声で言い合うレイヴンとジュディス。彼らの視線の先には、虚ろな瞳を地面に向けて深く項垂れているエステルの姿がある。今日の朝から、彼女はずっとあの調子だった。思い返すと、昨日の夜から既に彼女は気持ちが沈んでいたような気もする。
カロルは先ほどからエステルと仲間たちを交互に見ながらうろたえているし、リタは彼女の様子が気になって仕方なさそうにしつつも、何か邪魔する思いがあるのか近寄れずにいる。
「わからないなら、直接聞いてみるしかないんじゃないかしら」
「それもそうね。じゃ、青年お願い」
ジュディスの提案にすかさずレイヴンが同意し、ユーリへとその役目を振った。しかし、ユーリは予想外の反応を返す。

「おっさんが聞いた方がいいんじゃないか?」

「へ?」
レイヴンが間の抜けた声を洩らし、他の仲間たちも驚いた表情を浮かべた。
仲間に何かあれば、まず動くのはユーリだ。レイヴンは普段から何もしていない。それなのにどうしてユーリはレイヴンを指名するのか。
「何でそうなるのよ!?」
リタが少し声を抑えつつ叫ぶ。自分が聞きに行きたいと、その必死な表情は語っていた。しかし、ユーリは彼女の思いを汲んではくれない。
「こう言うのは、大人の方がいいんだよ」
「あ、あんたとジュディスだって大人じゃない!」
「一番の大人はおっさんだろ」
「そうかなぁ・・・?」
ユーリの根拠がよくわからない断言に、カロルがぽつりと疑問を呟いた。
「いやいや、そんなことないから。おっさんよりも青年の方がずっと大人だから」
このままでは自分が行かされると思ったレイヴンが、自ら大人であることを否定する。
「まあ、おっさんがどうしても嫌だってんなら俺が行くけど・・・」
「嫌だなんてことはないわよ!嬢ちゃんをこの胸でしっかりと抱き締めて、悩みを聞いてあげたいと思ってるわよ!」
「それなら聞いてあげればいいじゃない。抱き締めるのは余計だけど」
ジュディスの言葉に、何故かレイヴンは声を詰まらせる。
「い、いや、聞いてあげたいのは山々なんだけど、ここはやっぱり青年の方が嬢ちゃんも嬉しいんじゃないかしら」
煮え切らない態度のレイヴンに、ジュディスは真っ直ぐな視線をぶつけた。
「結局あなたはエステルの悩みを聞きたくないの?」
レイヴンの普段から緩んでいる表情が、僅かにひきつった。その小さな変化に気付いたのは、大人と言われた二人だけだったが。
ジュディスは更に言葉を続ける。
「普段はエステルにあれこれ言っているけれど、こうして促されるとあなたは何もしようとはしない」
彼女の言う通りだった。普段どれだけ軽口を叩いていても、大事なところで自分は逃げている。
エステルを傷付けるのが嫌だからと言い訳をして、結局は自分が傷付くのを避けている。
「あなたがエステルをどう思っているのかわからないけれど、彼女を傷付けるならもう何もしなくていいわ」
「ジュディスちゃん、相変わらずきっついこと言うねぇ・・・」
「今度は咎めているつもりよ」
「傷付けるつもりは、ないんだけどねぇ・・・」
「それなら、エステルの悩みを聞いてあげたら?」
「つもりはなくても、傷つけちゃうかもしれないでしょ」
つい本音を漏らした彼の肩を、ユーリが軽く叩いた。
「エステルを傷付けたくないなら、今すぐ行ってこい」
「へ?」
「いいから早く」
背中を押されて、レイヴンはのろのろとエステルの元へ向かう。
ユーリの態度からすると、彼は始めからエステルが落ち込んでいる理由を知っていたのかもしれない。その理由がレイヴンにあって、だからこそユーリは彼に行くよう促したのだろう。
全く、彼はどこまでも仲間たちの見守り役だ。レイヴンよりユーリの方が大人だと言うのも、あながち間違いではない。
エステルの元へ辿り着くまであと少し。果たして彼女の悩みを解決できるのか、彼女を傷付けずにいられるのか、もやもやとした思いを抱えたまま、レイヴンは口を開いた。

「はぁい、嬢ちゃん!悩みがあるなら、おっさんに相談してごらん!」

仲間たちの落胆した雰囲気を背中で感じつつも、エステルが苦笑してくれたことに一先ず安堵するレイヴンだった。