心配

「何だか落ち込んでるみたいだけど、どうしたの?」
理由はまだわからないが、悩むエステルの力になるべくレイヴンは尋ねた。
しかし問われたエステルは、眉を八の字にして困ったように笑う。
「な、何でもありません。大丈夫です」
素直に言うつもりはないらしい。彼に迷惑をかけてしまうと思っているのだろう。
「何々?おっさんには言えない悩み?」
彼女が話しやすいように、レイヴンはわざと明るく振る舞ってみる。
「いえ、悩みと言うか・・・」
「じゃあ困った顔してどうしたの?」
「えっと、だから何でもありません」
エステルはまだ隠しているつもりなのだろう。しかし先ほどの言葉が、彼女が何か抱えていることを認めている。
「甘い甘い、おっさんには何でもお見通しよ」
そう言って、エステルの鼻先で人差し指を大袈裟に振る。
「ど、どうしてわかったんです?」
エステルが驚きと尊敬の眼差しをレイヴンに寄越した。
「そりゃあ生きてる時間が違うし、経験してきたことも嬢ちゃんより少しだけ多いからね」
「そ、そうですよね。すみません」
何を理由に謝ったのかは、あえて尋ねない。レイヴンが今まで彼女や仲間たちに対して、年長者としての威厳を示してこなかったのは事実である。
「だからとりあえず、このたまには頼りになるおっさんに話してごらん」
「え、ええと、レイヴンはいつも結構頼りになると思いますよ」
「お気遣いありがとう」
ちょっと涙が滲んでしまったレイヴンだった。
「あの・・・言っても笑わないで下さいね?」
「嬢ちゃんが深刻に悩んでるんだから、笑わないわよ」
「そ、そこまで深い悩みでは・・・」
「それでも、悩みはない方がいいでしょ。嬢ちゃんが元気な方が、おっさんも嬉しいし」
「・・・ありがとうございます」
彼女の安堵した笑みを、久しぶりに見た。レイヴンの顔も自然と緩む。話しかける前は彼女を傷付けることを恐れて尻込みしていたが、今は自分が話しかけてよかったと思った。
「それで、何を悩んでたの?」
促すと、エステルはおずおずと口を開く。

「あの・・・レイヴンと、もっと仲良くなるにはどうしたらいいか、考えてたんです」

彼の身体と表情がぴたりと停止した。
硬直しているレイヴンの前で、少し肩を落としたエステルが続ける。
「最近、レイヴンに避けられているような気がして・・・私、何か気分を害するようなことをしてしまったのかと・・・聞いてもはぐらかされそうですし、自分で理由を見つけて謝らないと、と思って・・・」
ぽつりぽつりと語るエステルの話を、止まりかけた思考で何とか聞き取り理解するレイヴン。

エステルが悩んでいたのは自分のせいだった。
彼女を傷付けまいと意識した結果、返って傷付けていたようだ。

「なのでさっきは、久しぶりにレイヴンから話しかけてくれて嬉しかったです。でも、気を使わせてごめんなさい」
「・・・気を使ってた訳じゃない」
小さく息を吐いて、レイヴンが言った。うっすらと、困ったような笑みを浮かべて。
「そうなんです?」
「そう。心配しただけ」
「気遣いと心配は、同じことじゃないんです?」
「おっさんはね、色々事情があって、これでも結構周りに気を使ってるのよ」
エステルを避けたのも、この気遣いが原因だ。隠している騎士としての意識がそうさせたのだろう。
それが彼女を傷付けた。それなら自分はこれからどうすればいいのか。

「でも、心配は大事な娘にしかしないの」

そう言って、ぽんぽんと彼女の頭を撫でる。
今までなら気遣いが邪魔をして、そんなことはやらなかっただろう。
彼の言葉がよくわからずきょとんとしていたエステルが、嬉しそうに顔を綻ばせた。その様子にレイヴンも笑みを浮かべる。
「じゃあこれからは気遣い無用でいくわよ。覚悟はいい?」
「はいっ」
「まずは熱烈なハグをっぐはぁ!」
両腕を広げたまま、レイヴンの上体が後ろへ反り返った。
「エステルに何してんのよ!」
手にした得物を放り出し、怒りの声と共にリタが駆け寄る。
「もう悩みは解決したのかしら?」
「その顔は解決したってことだろ?」
リタの武器を頭に巻き付けたまま何とか上体を元に戻そうと奮闘しているレイヴンを無視して、ジュディスとユーリがエステルへ声をかける。
エステルが大きく頷くと、二人とも口元を緩めた。
そして踏ん張りきれずにひっくり返ったレイヴンの側で、カロルがおろおろとし、ラピードは涼しい顔でその様子を見守るのだった。