末永

エステルとリタは二人でいることが多い。少なくとも、自分が彼女たちといる時間よりは長いはずだとレイヴンは認識している。
いつもの光景なので気にかけていなかったが、リタの上げた突拍子もない声につい振り返ってしまった。ちなみに他の仲間たちはそれぞれ所用で違う場所におり、宿屋のロビーには彼ら三人しかいない。受付に店主はおらず、ドアベルが鳴ると出てくるスタンスのようだ。
「どしたの?」
声をかけて彼女たちに近付くレイヴン。話を全く聞いていなかったので、何故リタが赤面しているのかも、先ほど「ぐにゃ」みたいな奇声を発した理由もわからない。話をしていたエステルも、不思議そうに首を傾げている。
暫く待っていると、リタが小さく震えながら口を開いた。
「・・・・・っあ、あたしは・・・!」
『・・・・・あたしは?』
台詞の先が続かないリタを、エステルとレイヴンが同時に促す。

「・・・どっ、どうでもいいわよ!エステルの好きにすればっ!!」

言いながら走り出してしまったので、台詞の最後はだいぶ掠れていた。残された二人は、ぽかんとしてその後ろ姿を見送る。宿屋から飛び出したリタは、人混みに紛れてすぐ見えなくなった。
「リタを怒らせてしまいました・・・」
呟いて肩を落とすエステル。深入りするか僅かに迷い、レイヴンは彼女に問いかける。
「何の話してたの?」
「昨日読んでいた本の話です」
「父親魔導器を亡くした女の子魔導器が、継母魔導器やら義理の姉魔導器たちに虐められる話とか?」
「そ、そんな本があるんです・・・!?」
「いや、リタっちが怒りそうな内容を考えてみただけ」
エステルがちょっと残念そうに、そうですかと呟いた。女の子魔導器物語を読んでみたかったようだ。
「昨日読んでいたのは、小さな村で暮らす家族の話です」
「その村の水道魔導器の魔核が盗まれて、ある学者に疑いが」
「そんな話じゃないです。小さなトラブルは起きますけど、全体的にほのぼのしていて心が温かくなる話です」
「リタっちが怒りそうな話じゃないわねぇ」
「はい・・・それでですね!その家族のお父さんとお母さんがとっても素敵なんです!」
「ん・・・?」
「二人はとっても仲良しなんです。小さい頃から一緒にいて、色んな苦難を乗り越えて結ばれたんです」
「ほ、ほほう・・・」
「ずっとお互いを大切に思えるって素敵ですよね。私、このご夫婦みたいな関係でいたいなって思いました」
「・・・リタっちと?」
リタが逃げ出した理由がわかってきたレイヴンは、念のため確認する。
ぱちりと目を瞬かせたエステルは、溢れんばかりの笑みで答えた。

「レイヴンもです!」

リタよりだいぶ世間の荒波を乗り越えてきたレイヴンは、何とか奇声も緊急脱出も堪えた。しかし。
「ど、どうしたんです?」
両手両膝をついて地面に跪くレイヴンを、エステルが心配そうに覗き込む。
まさかそんな話をしていたとは。去り際のリタの台詞は、遠回しな肯定か。エステルの話は、簡単に言えば「これからもずっと仲良くしてね」と言うことなのだろう。間違っても、自分と夫婦になりたいと言う要求ではないはずだ。あの話の流れでは誰でも間違うであろうけれど。
何でもないと言って立ち上がるレイヴン。まだ心配しているエステルを見て苦笑する。
「・・・おっさんも、嬢ちゃんのことずっと大切に思ってるわよ」
くしゃりと髪を掻き回すように撫でると、エステルは嬉しそうに目を細めた。