言聞
「最近皆、隠し事が多いです」
少し頬を膨らませて、エステルが言った。歩きながら呟かれた彼女の傍にはレイヴンしかおらず、前を行く他の仲間たちには聞こえていないようだ。
彼女にどう言葉をかけてやればいいのか、レイヴンは迷う。皆、と言うからには自分も含まれているのだろう。むしろ隠し事の数は誰よりも多いはずだ。そんな自分が何を言ったところで、彼女の機嫌は直らないのではないか。
「あー・・・まあ、否定はできないわねぇ・・・」
暫し悩んだ後、結局彼は当たり障りのない台詞を口にする。
「ユーリもジュディスもレイヴンも、何も言わずにいなくなってばかりです」
皆と言っていたが、リタとカロルとラピードは対象外らしい。
怒りの矛先が自分だけに向かない言葉を、レイヴンは急いで考えた。たとえ責められてもいつものようにかわす自信はあったが、無駄な争いはしないに限る。
「えーっと、皆に迷惑かけたくないのよ。たぶん、二人もね」
エステルはそれを聞いて、少し寂しげな顔をした。
「私は迷惑をかけられても構いません。私の方がいつも迷惑をかけてしまっているし、そうでなくても皆の力になりたいです」
レイヴンが小さく口元を緩めた。彼女はどんな時でも、誰かを助けようとする。あらゆる真実を隠し、裏切ってばかりの自分にさえも、手を差し伸べずにはいられない。もしも彼女が皇帝になったら、どこまでその手は伸ばされるのだろうか。
「その気持ちだけで十分よ」
そう言ってもエステルはまだ眉根を寄せていた。
「仲間なら、何でも話してほしいです。レイヴンは、私に何でも話すのは嫌です?」
「それは・・・」
レイヴンが弱った顔で口籠る。嫌だと言うのが本音だ。自分の正体や目的を白状すれば、エステルは困るだろうし、悲しむだろう。もしかしたら怒るかもしれないが、結局はいつものようにその手を差し伸べてくれるに違いない。しかし、たとえそうだったとしても、彼女が自分をアレクセイから解放できるとは思えなかった。敵はそれだけ強く、抜け目ないのだから。
しかし、正直に嫌だと言ってもやはり彼女は悲しむだろう。どうしたものかと悩むレイヴンの視界に、不安そうなエステルの顔があった。
「・・・嬢ちゃん」
「はいっ」
真剣な表情のレイヴンに、身を固くするエステル。
そしてレイヴンが低い声で告げる。
「おっさんのパンツの色、聞きたい?」
エステルの目が点になった。
「・・・え、ええっ!?」
「何でも話してほしいんでしょ?」
「え、えと、そう、ですけど・・・その、そこまでは、ちょっと・・・」
「ま、そう言うことよ。どこまで聞きたいかは、人それぞれ。どこまで話したいかも、人それぞれ。嬢ちゃんが聞きたいことでも、相手は話す必要を感じていないかもしれない。逆に相手が話したいことでも、嬢ちゃんは聞きたくないってこともあるでしょ」
「・・・・・」
エステルは言葉もなくレイヴンを見返した。その瞳が辛そうに揺らぐ。突き放したつもりはないのだが、罪悪感のような思いがレイヴンの胸を過った。
「・・・すみません。また我がままを言ってしまいました」
「いや、そんなことはないけど」
「レイヴンが話したくないことまで聞こうとするのは、よくないです。きっと、ユーリもジュディスも、聞かれたくないから話さないんですよね」
「うーん・・・それは、そうかもねぇ・・・」
ユーリたちの考えは彼らにしかわからない。少なくとも自分はそうなので、曖昧に頷くしかなかった。
「っ・・・迷惑をかけたお詫びをさせて下さい」
やけに必死な顔でエステルが言うので、レイヴンは少々面食らう。
「へ?いや、別に迷惑だなんて思ってないわよ」
「それでは私の気が済みません・・・!!」
「え、でも・・・」
まるでこれから特攻隊として命をかけるかのような面持ちで、エステルは口を開く。
「迷惑をかけたせめてもの償いに、心してレイヴンの下着の色を聞かせて頂きます・・・!」
何故にそうなる、とレイヴンは薄れかけた意識で思った。そのまま気絶した方がまだましだったのかもしれないが、数々の修羅場を潜り抜けた彼の精神は、その衝撃に耐えてしまった。
「・・・っじ、嬢ちゃん・・・あ、あれは、たとえと言うか、言葉のあやと言うか、別にそんなことを聞いてほしいなんてことはこれっぽっちも」
「エステルに何するつもりよこの変態!!」
レイヴンの言葉を遮り、前方から飛んできたリタの蹴りが彼の頭に炸裂する。動揺していたレイヴンはもろにそれを食らい、地面に叩きつけられた。
「ぶごふぉっ!!・・・り、リタっち、これには深い訳が・・・!!」
「女性に下着を見せたがるなんて、深いも浅いも関係なく変態だと思うけれど」
殺気立つリタの隣に、獲物を手にしたジュディスが並ぶ。柔らかな微笑みの奥に、今からお前を叩き切ると言う強い意志を感じ取るレイヴン。
「リタ、ジュディス、違うんです!」
そこへ割り込んだのはエステルだった。命拾いしたとレイヴンが安堵するのも束の間。
「レイヴンは、私に下着を見せたいんじゃありません!下着の色を聞かせたいだけなんです・・・!!」
己の命運は尽きた、と先の過酷な戦争をも生き延びた彼は思った。
「自分の下着の色を聞かせて喜ぶ方が、尚更変態だと思うのだけれど」
恐ろしく静まり返ったその空間に、ジュディスの声が冷たく響く。
リタの呪文詠唱が、彼にはいつもよりずっと低く聞こえた。