触合
ピンと張り詰めた空気の中に、二人の荒い息遣いだけが響いていた。もうどれだけこうしているだろう。
「・・・っあ・・・う・・・!」
エステルがたまりかねたように声を漏らす。その肌は熱を帯びているからか、随分と赤い。
「いつものおっさんだと思って・・・油断してるからだぜ、お姫様」
口の片端を吊り上げ、笑みを浮かべるレイヴン。その喉元に、一筋の汗が伝う。それは彼も限界が近いことを示しているのではないだろうか。
「うくっ・・・んぅ・・・っ」
「・・・もう、諦めるんだな」
「嫌、ですっ・・・・・ああっ!」
腕に力を込め、レイヴンが呟く。エステルは必死に抵抗するが、あまり効果は出ていないように見えた。
悔しいのか、彼女の目尻に涙が浮かぶ。するとレイヴンの顔から笑みが消えた。もう、決着をつけるつもりかもしれない。
そう思ったカロルは、たまらず叫んだ。
「エステル、頑張って!!」
その声が届いたのか、エステルの目に光が戻る。
「おっさんなんかに負けるな!エステル!」
「あなたはその程度で負ける女じゃないでしょ?」
「そうだエステル!諦めるな!」
「わぉん!」
皆から次々と声援を受け、レイヴンと組み合ったエステルの手に再度力が込められた。レイヴンがちょっと寂しそうな顔をしているように見えるのは、カロルの気のせいだろうか。
「っはい・・・!諦めません・・・!」
力強く言って、エステルが歯を食いしばる。ほぼテーブルの上につきそうだった彼女の手が、ぐぐっと持ち上がった。もう腕相撲の勝敗は決したと思っていたのだろう、レイヴンが驚きの表情で組み合った手を見やる。
「おっ・・・マジで・・・!?」
「マジですっ・・・んうっ、あぁあっ!」
「おわっ!?」
驚くレイヴンの手を、結構な勢いでテーブルに叩きつけるエステル。その勢いのまま、床の上に二人とも倒れ込む。
カロルたちがエステルの元へ駆け寄ると、彼女はぐったりと横たわったまま、よろよろと手を上げてブイサインをした。皆もそれにブイサインを返す。
「おっさん、とってもアウェー(一人ぼっち)・・・」
ちょっと涙ぐむレイヴン。カロルがリタと共にエステルを賞賛していると、ユーリとジュディスがレイヴンの元へと歩み寄った。ラピードはこちらに残るらしい。ユーリたちを見返すレイヴンが、少し嬉しそうに見える。
「相手を甘く見たのはおっさんの方だったな」
「盾を持って走り回るのは結構体力が必要なのよ」
「ああ、やっぱりアウェー・・・」
袖の端を噛んで涙するレイヴン。まだふざける余裕はあるらしい。
エステルはいまだに息も絶え絶えで、会話もままならない。レイヴンは手加減したのではないだろうか、とカロルは思った。しかしここでそれを言うと、折角の楽しい雰囲気が台無しになってしまう。空気を読んで、口を噤むことにしたカロル少年だった。