稽古
「はっ!やぁ!」
「盾が下がっています!もう一度!」
一時的に同行することになったフレンに、稽古をつけてほしいと言ったのはもちろんエステルだった。
「はい!はぁっ!」
「剣の振りが鈍い!盾に意識を向け過ぎです!」
最初は遠慮しようとしたフレンだったが、彼女に何度も頭を下げられて断り切れず、今に至る。
「はいっ!たぁ!」
「もっと脇を締めて!」
フレンの繰り出した剣が、エステルの持つ盾を弾き飛ばす。
「盾が身体から離れ過ぎると、このように隙をつかれます」
「っ・・・は、はい。もう一回、お願いします」
盾を拾い上げ、構え直すエステル。その肩は大きく上下している。
「はい。何度でも」
そう言ってフレンは柔らかい笑みを浮かべた。
「ちょっと激し過ぎじゃないのぉ?」
少し離れたところで二人の稽古を眺めていたレイヴンが呟く。
「まあ、あいつはあれくらい激しいのが好きだからな。エステルもすぐ音は上げないだろ」
傍で同じく彼らを見ていたユーリが、小さく笑って言った。
「へえ。俺様だったら、もっと優しく手取り足取り、嬢ちゃんを導いてあげるけどねぇ」
「あら、私はもっと激しい方が好みだけど」
傍観者その三のジュディスがやたらと嬉しそうな顔をして言う。
「何と!ジュディスちゃんは激しく攻められるのがお好きとは意外!」
「うふふ。激しく攻められたあの子の泣きそうな顔を見るのもいいじゃない?」
「あ、攻められる方じゃなくて、ジュディスちゃんが攻める方なのね。それならおっさん納得」
「納得するのかよ」
ユーリがジト目でつっこむ。ジュディスは笑みを浮かべたまま、稽古を続ける二人を見ていた。
「彼も激しい方が好きなのね。エステルが泣く前には止めそうだけど」
「むむ、やっぱ泣かせるのはやり過ぎでしょうよ」
「泣かせるくらい激しく攻めてから、後で優しく慰めてあげるのも悪くないわよ?」
「飴とムチ作戦ってやつ?確かにそれはちょっと惹かれるかも」
「何の話をしてんだよ」
話が弾んでいる二人に、ユーリが呆れた顔で言う。
「だって青年、飴とムチよ!?嬢ちゃんが潤んだ瞳で飴を咥えて俺様を見上げてくるのよ!?」
「何がどうなるとそう言う状況になるんだよってツッコミてえけど言いたくねえ」
「うふふ。見上げられたいわねえ」
「ジュディもかよ。だから何がどうなるとそう言う状況になるんだよ」
「青年はまだ経験が足りないから、わからなくても落ち込まなくていいわよ」
「わかりたくもねえよ」
「うふふふ。手は身体の後ろに縛っておくのがいいかしら」
「いやいや、前でしょ!後ろはやば過ぎでしょ!」
「どっちも変わらねえよ!」
興奮するレイヴンに負けず劣らず、ユーリのツッコミも力強かった。ジュディスは聞いているのかいないのか、まだ小さく笑い声を漏らしている。
「・・・・・大人って、変」
「あ、あたしは大人だけど、あいつらみたいな変態じゃないわよ!」
「それはリタがまだ子供ってことじゃないの?」
首を傾げるカロルに、無言のリタが拳を振るう。
「くぅーん」
宙を舞うカロルを見送り、ラピードが大きく溜め息を吐いて頭を振った。
「残念。ジュディスちゃんとは趣味があわないわねぇ」
「うふふ。私は別に趣味があわなくても気にしないけれど?」
「ひっ・・・え、遠慮しておきます。ここはやっぱ若い者同士でしょ。おっさんはここでごろごろしてるんで」
レイヴンがユーリの後ろへ隠れるように移動すると、呆れた顔のユーリと、楽しそうな顔のジュディスに視線を向けられた。
「ほら青年、ジュディスちゃんと激しいことしてきなさいよ」
「何の話をしてんだよ」
「うふふ。もちろん稽古の話よね」
「そうそう、激しい稽古の話よねぇ」
ユーリのツッコミに、にこにこ頷き合うレイヴンとジュディス。
「やっぱり大人って変」
「大人じゃなくて、あいつらが変なのよ」
「わふっ」
「おい!俺を変態の仲間に入れるなよ!」
ユーリの訴えを聞き入れる者は、生憎この場にいなかった。