気聞
「レイヴンは、デートしたことあります?」
ちょっと長めのトイレから戻るなり、エステルが尋ねてきた。思わぬカウンターに膝から崩れ落ちるレイヴン。夕食の並ぶテーブルに頭から突っ込まなくてよかったと心から思う。エステルは随分大仰なレイヴンの反応に目を見開いた。
「だ、大丈夫です?」
席から立ち上がり駆け寄ってきたエステルが手を差し出すと、レイヴンは困った顔でその指先を見つめた。手の位置が高過ぎたかと思ったのか、エステルが膝をつく。するとレイヴンが慌てて彼女を立たせた。
「大丈夫よ。ちょっと驚いただけ」
「どうしてです?」
「え、そりゃ、そんなこと聞かれたら驚くでしょ」
「そうなんです?皆は普通でしたけど」
テーブルの面々に視線を向けると、大層楽しげなジュディスの笑みが目に止まった。ユーリとラピードはすました顔で食事を続けている。
「あ、リタはちょっとびっくりしてました」
「ちょっ!な、何言ってんのよ!おお、驚いてなんか全然なかったじゃないっ!」
「確かに今の方がずっと動揺してるね」
エステルの言葉に立ち上がって反論するリタ。余計な一言を口にしたカロルは、いつも通りリタの拳によって沈黙させられた。
「皆にも聞いてたの?」
「はい、皆普通に教えてくれたので、レイヴンが倒れるなんて思いもしなくて・・・えっと、驚かせてすみません」
「い、いやいや、気にしないで。んで、皆のデート事情はとうだったの?おっさんにも教えて~」
語尾を上げてねだるように言うレイヴン。彼が席を外している間に、このテーブルで交わされた会話なので、エステルは隠すことなく口を開く。
「えっと、ユーリは思い出せなくって、ジュディスは思い当たらなくて、リタとカロルはしたことないそうです。ラピードは昔よく困っているレディをエスコートしていたとか」
「え、ラピードがそう言ったの?」
「いえ、ユーリが」
「よく見たぜ。家までの道を忘れたとか、老眼鏡なくしたとかって困ってる女性を助けてたよ」
「いや、それ人間でしょ。しかもだいぶ高齢でしょ。デートじゃなくて人助けでしょ」
ユーリの証言に、立て続けにツッコミを入れるレイヴン。ユーリはそうかもなと笑って食事に戻る。ラピードはそんな彼を横目で見やり、小さく溜め息を吐いた。
「しかも色々ありそうなジュディスちゃんと青年にははぐらかされて、全然聞けてないじゃないのよ」
「え、はぐらかされたんです?」
「いやいや、本当に思い出せないんだって。記憶力弱いから俺」
「何をすればデートなのか、よくわからないのよねえ。魔導器を壊そうとしたら男性に声をかけられて命の取り合い、だったらそれなりにしてきたけれど」
「そ、それはデートとは言えないと思い、ます・・・?」
「あらそう。男性に後ろから切りかかられたり、捕まえられそうになったりしたこともあるわよ?」
「そ、それもちよっと違うような・・・」
「うふふ。じゃあやっぱり思い当たらないわねえ」
戸惑うエステルに楽しそうな笑みを向けるジュディス。何か含んでいるように見えなくもない。
「で、おっさんはどうなんだよ?」
ユーリの言葉に皆の視線がレイヴンへと向けられる。矛先を反らそうとしていたレイヴンの目論見は、ユーリに見破られていたようだ。
「え、ええっと、そりゃまあ、この年ですから色々ありましたけどもね、はい」
「何か喋り方がおかしいね。そんなに言いたくないのかな」
「後ろめたいことが山ほどあんのよ」
「そこのちびっ子たち、大人にはもっと優しくしてあげなさい」
ちょっと涙目で言うレイヴン。カロルとリタから了承の返事はなかった。
「えっと、無理に言わなくてもいいですよ。皆のデートがどんなものか、聞いてみたかっただけですから」
エステルが助け舟を出す。レイヴンはその言葉にふと疑問を抱いた。
「・・・どうして聞いてみたかったの?」
デートの知識がない訳ではあるまい。恋愛ものもよく読む彼女のことだ、恐らくここにいる誰よりもデートに詳しいのではないだろうか。
エステルは少し困ったような顔になった。無理に笑みを浮かべると、少し間を置いて口を開く。
「・・・あの、皆が今までどんなことをしてきたのか、もっと知りたかったんです。もう少ししたらきっと、会えなくなってしまうと思うから」
今こうして共にいるのは、奇跡に近いことだろう。すれ違い続けてもおかしくなかった面々が、たまたま時間を共有することになっただけだ。
「エステル・・・」
カロルが名を呼ぶも、何と声をかけていいかわからず口を噤む。エステルが申し訳なさそうに彼の頭を撫でた。
「・・・っそ、そんなの会いに行けばいいだけじゃない!あんたもどんだけ護衛とかいるか知らないけど、全員ぶっとばして会いにくればいいじゃない!」
「リタ・・・」
肩を怒らせ興奮するリタに、エステルは目を見開く。
「ふふ、そうね。会いたくなったら全員ぶっとばせばいいだけよねえ」
「い、いや、ジュディスちゃんはもっと穏便に会いに行った方がいいんじゃないかしら」
「ま、そー言うことだ」
ユーリが笑って、エステルの肩をポンと叩く。
「・・・・・っはい!ぶっとばして会いに行きます!」
「いや、だからね・・・」
レイヴンの大人のツッコミは、誰も聞いてくれなかった。