不動

「はい、もう一口どうぞ」
「い、いや、もう結構・・・!」
「だめです。いっぱい食べないと治るのが遅くなります」
「自分で食べるから、そこに置いといてちょーだい・・・!」
「腕が動かないのにどうやって食べるんです?」
「え、えーと、俺様必殺の念力とかで」
「わかりましたから、もう一口どうぞ」
ずいっと口元に差し出されたスプーンを、レイヴンは半泣きで口に含んだ。
エステルに真顔で見守られながら、食事を咀嚼し飲みこむのは結構辛いものがある。
相手は一国の姫で、自分の正体は仮にもその国に仕える騎士なのだ。彼女に頭を下げられることすら心苦しいのに、介抱させるなんてとんでもない。
しかし逃げ出そうにも、この身体は全く言うことを聞かないのだ。ちょっとした油断が命取りだと、何度も何度も思い知らされてきたのに、またしてもそれを痛感することになってしまった。あの時、どうして背後に気付けなかったのか。気が急いて、周りへの注意を疎かにしたまま飛び出した結果がこのざまだ。全員で集中攻撃しても手こずる魔物が、追加で3体もでてきたのである。仕方ないと言えなくもないかもしれないが、仲間たちに、特にエステルには大いに心配をかけたのだろう。

「ごめんなさい、わたしのせいで」

エステルの沈んだ声が、さらにレイヴンの心をかき乱す。そんな顔をさせたくないのに、だから放っておいてくれていいのに、彼女は自分の元を離れようとしない。
レイヴンが飛び出したのは、魔物たちがエステルを挟み撃ちにしたからだった。仲間たちは最初の魔物を集中攻撃しているところで、駆け寄れるのは自分だけ。ここは二人で少しでも時間を稼いで、その内に最初の魔物を倒してもらえばいい。

そう思って駆け出したら、エステルが真っ青な顔でこちらを見た。直後、背後から強烈な一撃。

エステルを襲った魔物は2体だった。さらにもう1体が、自分の後ろにいたのである。その後どういう経緯でこの危機を乗り越えたのかは、意識を失っていたのでわからない。気が付いた時には、ベッドに転がされていた。五体満足な状態ではあったが、指先を少し動かすのが精いっぱいと言う状態だった。エステルが言うには、怪我は治したがだいぶ身体に負担がかかっていたので、数日動けないだろうとのこと。どういう負担だったのかは教えてくれなかった。手足が千切れるくらいの負傷だったのかもしれない。

「あー、気にしないでちょーだい。おっさんも油断してたわ」
「・・・すみません」
「えーと、だからね」
「気を遣わせて、すみません・・・」
「え、えーとぉ・・・」
「すみません・・・」
エステルはずっと落ち込んでいる。表情は硬いし、たまに泣きそうだし、それでも涙をこらえて自分の看病を続けている。とにかく居た堪れない。意識を失っていたほうがどれだけ楽だったか。
「あのね、嬢ちゃん。嬢ちゃんは悪くないの。だからそんな顔しないで」
「・・・・・でも・・・わたしがもっと早く気付いていれば、レイヴンを助けられたと思います」
「それなら、おっさんがもっと早く気付いてたら、ちゃんと逃げられたでしょ。嬢ちゃんのせいじゃない」
「でも、わたし、見たのに、レイヴンの後ろにいるのをっ・・・見たのにっ、声が、でなくてっ・・・!」
エステルの瞳が揺れる。ああ、もどかしい。この腕が動けば、涙を拭うことも、抱き寄せることもできるのに。自分の薄汚れた手が、そんなことをして許されるとは欠片も思わないけれど。
「もういーの、おっさんはこの通り生きてるし、どうせ嬢ちゃんがすごい頑張って助けてくれたんでしょ?」
「っ・・・皆も、頑張ってくれました・・・」
「うん、後でお礼言わないとね。嬢ちゃんもありがと」
「・・・はい・・・っ、無事で、よかった・・・ですっ、レイヴン・・・!」
「あぁ、お願いだから泣かないで。今は熱烈なハグもできないし、優しく慰めてもあげられないのよ」
「っうぅ、すみません・・・止まりません・・・」
「マジか・・・嬢ちゃんが泣いてるのに見てることしかできないなんて・・・魔物に殴られたことよりショックだわ」
「えくっ、わ、わたしはっ、レイヴンがあんなことになっちゃって、とってもショックでした・・・!!」
「だからあんなことってどんなことよ?」
「うわぁあ、生きててよかったですぅ・・・!!」
声をあげて泣きだしてしまったエステルに、これ以上のことを聞くのは難しそうだ。泣かれるのは辛かったが、先ほどの辛そうな顔をずっとされているよりはマシな気もする。次は笑顔になってくれるともっといいのだが。どんな話をすれば、彼女はいつものように笑ってくれるだろうか。そんなことを思いながら、レイヴンは動かない腕をもどかしそうに見やるのだった。