菓子
強い者と戦うことについては大いに興味あるが、甘いものには大して食指が動かない。
そんなエフラムの前に差し出されたのは、小ぶりの皿にちょこんと乗せられた拳大ほどのケーキである。スポンジの上に白いクリームがこんもりと盛られており、てっぺんには赤いさくらんぼらしきものが乗せられていた。素人っぽさが大いに感じられる出来栄えだが、決して不味そうには見えない。
調理場で何やら賑やかな声がすると覗いてみたら、エイリークを取り囲んだコックたちが歓声を上げて拍手をしている場面だった。声をかけると、達成感に溢れる笑みを浮かべたエイリークが、嬉しそうに自分を呼ぶので歩み寄ったところ、見せられたのが先ほどのケーキである。
「お前が作ったのか?すごいな」
「はい!ありがとうございます。教えてもらいながらですが、皆のお陰でこんなに上手くできました!」
「よかったな」
甘いものに興味はないが、彼女が喜んでいるのは大変いいことだ。自然とこちらも笑顔になる。
「はい!兄上の分も焼いたので、もし大丈夫なら一緒に食べてくれませんか?」
「その言い方だと、俺が嫌々付き合うみたいじゃないか」
「そうじゃないんですか?」
キョトンとした顔でこちらを見てくるので、思わず拗ねた顔で見返してしまった。
「お前が作った菓子なら、石のようなクッキーでも嬉しいと言っただろう」
以前、エイリークが盛大に失敗したクッキーを焼き上げた現場に居合わせた時に、彼女に伝えた言葉をもう一度口にする。すると妹はあたふたと慌てながら、視線を彷徨わせた。
「う、あの時はすいませんでした・・・とんでもないものを食べさせてしまって・・・」
自分の機嫌が悪くなったのを、不味いクッキーのことを思い出させたからだと勘違いしているようだ。落ち込んだ彼女がケーキを引き上げてしまう前に、まずは皿を奪い取る。
「あっ、無理しないで下さい・・・」
「無理はしていないと、クッキーの時も言ったはずだ。俺が不満なのは、お前が俺のために作ったものを、俺が嫌がっていると思われることだ」
「え・・・甘いものは、興味ないのでは?」
「お前が俺のために作ったものには興味がある。それともお前は俺に嫌がらせをしたくて、菓子を作ってくるのか?」
わざと責めるように言ってやると、エイリークは慌てて首を左右に振った。
「違います!私が好きだから、作れるようになりたくて、あと兄上の口に合うものも、できれば作れるようになりたくて・・・」
しょぼんとして言うエイリークを、遠巻きにしているコックたちがハラハラと見守っている。クッキーの時も似たような状況だった。あの時は苦いクッキーを飲み込むのに必死で伝えられなかったことを、今回は目を見てハッキリ言ってやる。
「じゃあ、何度でも作ってこい。そしてすまなそうな顔をするな。折角の喜びが半減するだろう」
「っは、はい・・・!あ、あの、兄上・・・」
「何だ?」
「・・・喜んでもらえて嬉しいです」
瞳を潤ませて言うものだから、危うく皿を取り落としそうになった。
「・・・・・部屋で食べる。お前も来い」
「あ、今お茶を淹れま」
言いかけたエイリークの傍に、ティーセットを乗せたワゴンが差し出される。ルネス城のコックは優秀だ。
彼らに礼を言うエイリークを片手で引きずり、もう片方の手にはケーキの皿をしっかりと持って、エフラムは調理場を後にする。少し遅れてメイドがワゴンを押しながら後に続く。
自室でエイリークの笑顔を見ながら食べる甘いケーキは、極上の味がした。