悪戯

城を出て、様々な国の者たちと交流するようになってからと言うもの、文化の違いに驚くことが増えた。
「お菓子をくれなきゃいたずらするんだよー!」
ユアンが楽し気に叫び、両手を上げて走り回る。周りには幼い子供たちがさらに大きな声をあげており、皆満面の笑みを浮かべていた。ユアンから逃げ出す者、こっちにきてと手招きするもの、体当たりをしにいく者など、様々である。
何でもこの村では、今日はお化けがやってくる日で、お菓子を与えないといたずらされるらしい。そうは言ってもゴーストなどが本当に襲撃してくる訳ではなく、今のユアンのようなお化け役がいて、子供たちと追いかけっこをした後、皆でお菓子を食べるとそれから一年健康に暮らせるのだとか。

そう言えば他の村では、鬼の格好をした者に豆を投げつけると言う祭りもあったなと、エフラムは過去の記憶を掘り起こす。そこでは鬼の格好をさせられて、村の子供たちに全力で豆を投げつけられたのが地味に激痛だった。目を狙ってくる将来有望な戦士見習いがいたので、棍棒で怪我のない程度の一撃を食らわせたのも懐かしい思い出だ。

進軍しながらの旅は、立ち寄った村の者たちに不安を与えることも多いが、こうして快く受け入れてもらえて、さらに祭りや催しにも参加させてもらえるのは素直に嬉しい。自分を始め、仲間たちの休息や気分転換にもなる。

走り回る子供たちの中に、アメリアやロス、ネイミーなど気付けば年長者たちが増えていた。ユアンは離れたところで地べたに転がっている。さすがに一人で子供たちの相手をするのは限界だったようだ。
彼らも音を上げたら、次は自分がお化け役をやるか、などと考えていたその時、背後から女性陣の賑やかな声があがる。

「お菓子かいたずらか、どちらかお選びなさい!さあ、エイリークも一緒に!」
「ラーチェル、子供たちが相手なので、もう少しやさしく言った方がよいのでは?」
「この服とってもボロボロね。繕うお金がなくて困ってるのかしら?シレーネ、後で村長に話を聞きに行ってくれる?」
「ターナ様、恐らくこの衣装はお化けのように見せるために、わざと穴だらけにしているのだと思われます」

声のする方に目をやれば、エイリークたちがボロ雑巾のような格好でこちらに向かってくるところだった。確かにこの格好は貧困者に見えなくもない。
本格的なお化けたちの登場に、子供たちはますます喜びの声をあげた。エイリークたちは、疲れの見え始めた仲間たちに代わり、子供らを追いかけ始める。ラーチェルは周りを指さしながら、あちらに一人隠れているなど、仲間たちに情報を与える係になったようだ。

そうして暫く賑やかな時間が続き、村の者たちがお菓子と思われる袋の入った桶を抱えてやってきたところで、子供たちの興味が一斉にお化けからそちらへ移動する。

歓喜の声を上げてお菓子に群がる子供たち。ユアンやコーマもちゃっかりと加わっている。戦場では食べ物も満足に与えられないので、甘いものは特に貴重だ。食べられる時に食べておくに越したことはない。
「兄上も食べませんか?」
両手にお菓子を持ったエイリークが、こちらに歩み寄って尋ねた。いつもの格好と違い、ボロ雑巾のような姿を近くで見て思わず笑いが零れる。
「兄上?」
笑いを我慢しようと思ったのだが、双子の妹に隠し通せる訳もなく。しかし何がおかしいのかはわからないらしい。ボロ布を被った頭が、わずかに傾いた。
「いや、珍しい恰好だからつい笑ってしまった。嫌だったか?」
「そうでしたか。いえ、兄上が楽しんでくれたならうれしいです」
この格好だと表情は見えないが、恐らくいつもの柔らかい笑みを浮かべているのだろう。くすぐったい気持ちが広がり、エフラムは苦笑する。
手を伸ばし、エイリークの頭に被されている布を捲り上げた。結婚式のようだと思ってしまったことは秘密である。
「俺には聞かないのか?」
「何をですか?」
「菓子か、いたずらか」
「え・・・?」
「お前は昔からいたずらなんてしなかったからな。どんないたずらをしてくれるのか、とても興味がある」
「い、いたずらですか・・・っ!?」
慌てふためくエイリークの両手首をつかみ、とりあえず逃げられないようにしてみた。
「ああ。菓子はいらない。お前のいたずらがいい」
「と、突然、そんなことを言われても」
「どんないたずらでもいい。お前にされるいたずらなら、喜んで受けよう」
「どっ、どんな・・・って、何を・・・」
「何だろうな。楽しみだ」
今エイリークのこの反応を見られるだけでも、十分楽しいと思う。できればもう少し楽しみたかったが、妹の背後からゼトの鋭い視線が突き刺さってくるので、そろそろ開放してやらなくては。
「期待してるぞ」
エイリークの耳元に囁いて、名残惜しくもその両手を放した。