役立

それは皆で次の町へ向かっている最中のこと。街道なのでそれなりに歩き易くはあるが、次の町まではまだかなりの距離がある。
そのようなところで、ゆやの下駄の鼻緒が突然切れた。
「ごめんなさい!すぐに直しますから」
皆の足を止めてしまって申し訳ないと言う意味の謝罪だったが、それを当たり前と思う輩は一人もいない。
「一人で大丈夫ですか?手伝いが必要なら言って下さい」
「何なら俺様が町まで担いでやろうか?」
「あー!わいも、ゆやはんおぶりたい!」
「俺も俺も」
「それなら僕もー」
梵天丸の申し出に便乗する紅虎とほたると幸村。狂は近くの木にもたれて酒をあおっていた。生憎それを注意する役目のゆやは、下駄の修理に忙しい。予備の鼻緒を取り出そうと、荷物を搔き分けていた彼女の手が止まった。
「あ・・・」
思わず零れた声を聞き取ったのは、ゆやの近くで様子を見ていたサスケのみ。
「どうしたんだ?」
「え、えっと・・・予備の鼻緒、持ってなかったみたい・・・」

騒いでいた男たちが、しんと静まり返った。

その静寂が怒りのためだと思ったゆやは、慌てて口を開く。
「ご、ごめんなさい!えと、もう行きましょうかっ」
「でも、それじゃ歩けないだろ」
サスケの最もな指摘に、ゆやは困った笑みを返す。
「だ、大丈夫!ちょっと遅くなっちゃうけど、これでも歩けるから」
まだ納得できないサスケが、再度口を開こうとした刹那。
「ゆやはんをおぶるのはわいや!」
「お前のような下心丸出しの馬鹿に、ゆやさんは任せられません!」
「俺も俺も」
「僕も僕もー」
先ほどより一層盛り上がる男たちに、ゆやもサスケも肩を震わせてそちらを見やる。
「アキラ、お前さっきから文句ばっかり言うてるけど、ゆやはんをおぶる気がないなら口出しすなや」
「っ・・・し、仕方ありませんね!それなら私がゆやさんを町までおぶりますよ!バカトラに任せるのは心配ですから!」
「ならここはどっちがゆやはんをおぶるか決めないとなぁ」
「手加減はしませんよ・・・!」
「望むところや・・・!」
互いに獲物を構えて向き合う紅虎とアキラ。
「俺も俺も」
「僕も僕もー」
「面白がるだけなら下がっとけ!!」
こめかみを引きつらせた紅虎が、ほたると幸村に向かって吠える。
「あはは、じゃあ大人しくしてるよー」
笑って身を翻した幸村と異なり、ほたるはその場に止まったまま。
「ほたるは、面白がっていた訳じゃないようですね」
「俺も椎名ゆやをおんぶしたい。死合いもしたい」
「なら、この三人で勝ち残った奴が、ゆやはんをおぶるってことやな」
頷き合った三人が、一斉に地を蹴った。

「あの・・・どうしてあの三人はいきなり喧嘩を始めたんでしょうか」
「皆ゆやさんの役に立ちたいんだって」
「意味わかんねえよ」
ゆやの気持ちを、サスケが代弁する。幸村は楽しそうに笑ったまま、それ以上のことを教えてはくれなかった。ゆやたちの傍へ来た梵天丸も、にやにやと笑うだけで何も言わない。
どうやってあの喧嘩を止めればいいのか、ゆやが頭を悩ませ始めたその時。
「白虎!!」
狂の声と共に轟音が響き、紅虎とアキラとほたるは同時に地へと倒れ伏した。
唖然とするゆやの前に、刀を収めた狂が立ちはだかる。
「狂・・・?えっ、な、何っ・・・」
戸惑うゆやを肩に担いで、そのまま歩き出す狂。事態についていけないゆやは、目を白黒させている。
「ここにもゆやさんの役に立ちたい人がいたんだねぇ」
「意味わかんねえよ」
「もっと大人になるんだな」
幸村とサスケと梵天丸も彼らの後に続いた。
気絶している紅虎とアキラとほたるが仲間たちに追い付くのは、もう暫く後になりそうだ。